何かしらの災難が
それと思われる存在を我は聞いた。
はっきりとした口調で彼女は答えた。
エルダーリッチかどうかは定かではないそうだが、レヴィアが生まれた里にいる年配者が実際に討伐したらしい。
そのとんでもない話をどう判断していいのか、俺には分からなかった。
それでも、そんな怪物が世界のどこかに出現する可能性があるのは間違いなさそうだ。
「今より遥か昔。
我が生まれる500年は前になるだろうか。
龍種の中でも最強の光と闇を司るふたつが、最悪の亡者と戦ったそうだ。
大地を焼き払う攻撃にも耐えられる圧倒的な防御力だったと呆れていたな」
水を含む4属性の龍が肉体的な強さとは別の特殊な能力を持つのは、水龍であるレヴィアがフェルザーの湖をまるで浄化したような美しい水質に保っていたことからも想像できる。
しかし、光と闇を司る龍はまったく別次元の強さがあるらしく、他の龍種が束になっても絶対に勝てないほどだと彼女は話した。
すべてにおいて他の追随を許さないほどの強者である光と闇の龍だったが、それでも容易に討伐できなかったとレヴィアは聞いているそうだ。
戦いは熾烈を極め、大地は裂け空を貫き、生物が住めない死の大地にするほどの凄まじい攻撃を繰り返したことでようやく斃せたらしい。
「……大丈夫なのか、それは……。
まさか、その場所は今でも草すら生えない不毛の大地になってるんじゃ……」
「そのまま放置していればなっていただろうな。
そうならないよう水龍が冷やし、地龍が土を戻し、風龍が風を運び、火龍が地を温めたが、それでも100年は草木が生えなかったと聞いた」
……俺は今、創世神話を耳にしているんだろうか……。
人の肉体では到底見ることのできない世界にしか聞こえなかった。
「話が逸れたな。
仮にそれがエルダーリッチだとすれば、恐らく我らでなければ討伐は不可能だ。
いや、今の我らであっても敵わぬほどの強さを持つのかもしれぬ。
主であれば斃せるだろうが」
……そんな厄介な相手、人間にどうこうできない強さなんじゃないか?
俺だって奥義が効かなければ逃げるしかなくなるんだが……。
今は仮定の話は置いておくか。
「ともかく、情報を集めよう。
人通りのない場所で狙われたわけじゃないんだから、目撃者もいるはずだ」
アンジェリーヌが無事なのは間違いなさそうだが、それを信じて行動することはできないから早急に助け出す必要がある。
だが問題はいくつかある。
どこに連れて行かれたのか。
何のためにさらったのか。
アンジェリーヌを狙ったのか。
最初の疑問以外は答えが出ない。
彼女がどこにいるのかに限定した上で調査する必要がある。
言葉にはできないが、いつまでも無事でいる保証などない。
それは、何のためにさらったのかによって変化する可能性が高い。
彼女もそう判断しているんだろう。
声を震わせるエトワールは言葉にした。
「どんな報酬でもお支払い致します!
私が持っているもの、金銭、服、装飾品を含むすべてを差し上げます!
それでも足りないのであれば、私の命も喜んで差し出します!
ですからどうかお願いです!
どうかアンジェリーヌ様をお助けするためにお力をお貸し下さい!」
涙を流しながら必死に訴えるエトワールだが、彼女を探そうにもどこに行ったか分からないんだ。
すでに町を離れていても、何ら不思議ではない。
むしろ闇雲にフュルステンベルクから出ることは避けるべきだと思えた。
「落ち着け。
話から察すると、北に向かった可能性が高い。
ここから街門に向かいながら目撃者を探そう」
「別れて調査をするか?」
「それがよさそうだな。
ここから北の街門まで、人通りがそれなりの道は何本あるんだ?」
「……3本になります」
唇を震わせながら答えるエトワールだった。
彼女からすれば、大切な人が今にもどうにかなってしまいそうな状況だ。
受け取るつもりなど毛頭ない報酬を提示されたが、その話し方は主従関係とは似て非なるものなんだが、彼女は気が付いているんだろうか。
ともあれ、今はそんなことを考えている場合でもないな。
子供たちとリージェは俺から離さないほうがいい。
多少バランスは悪くなるが、これしかないか。
「クラウディアとオーフェリアはエトワールと一緒に左の道を。
レヴィアとリゼットは右の道で聞き込みをしてほしい。
フラヴィ、ブランシェ、エルル、リージェは俺と行動をしてもらおうと思う。
何かあれば気配で警戒してくれたら合流するが、ふたりでも大丈夫か?」
「問題ない。
リゼットがいれば心強いからな」
「エトワールさん、平気ですか?」
「……はい。
取り乱しましたが、もう大丈夫です」
とてもそんな顔はしていないが、それを口にすることはできない。
まずは俺たちができることをしよう。
「街門へ向かって聞き込みを続け、そこで落ち合おう。
何か突発的な事態に遭遇した場合は気配で知らせること」
町の造りが複雑でなかったことは幸いか。
真っすぐ町を離れていないかもしれないが、それを考えるとどこにも行けなくなる可能性が出てくる。
……にしても、なんでこう判断に困るような事件ばかりが起こるんだ。
これも何かしらの災難が俺に降りかかっているんじゃないだろうな……。