極端に限定される
美味しそうに牛串を頬張るブランシェを先頭に、俺たちは建ち並んだ露店の道を歩いていた。
「結局、牛串に戻ったな」
「あはは、ブランシェらしいね」
「美味しそうだけど、もう食べられないの」
「また明日、色んなものを食べような」
「うんっ」
ブランシェの笑顔を見ていると、こっちまで食べたくなってくる。
それもあの様子じゃ、しばらくは食べ続けそうな気がするな。
「ふむ。
同じような料理も、店が違えば味もこれほど変わるのか」
「こちらはとても香ばしい香りですね。
鉄板で焼くよりもさっぱりとしています」
「炭火でじっくり焼きあげることで香りも良くなるし、余分な脂も落ちるんだ。
もちろん、使う肉の部位によっても随分変わるが」
「なるほど。
それでお肉でもしつこく感じずにいただけるのですね」
遠赤外線や輻射熱なんてのは理解できないし、詳細の説明が俺にはできないな。
「また難しい顔をしているな」
「あぁ、今度はさっきとは違うよ。
炭火料理がなぜ美味しいのかを説明するには、どう話せばいいのかを考えていたんだ」
「難しい話になるのか」
「そうだな。
熱がじっくりと食材を包み込んで焼き上げることで美味しくなる、とでも言えばいいんだろうか。
細かく言えば違うんだが、"美味い"の一言でいいような気がしてきたな」
これもあまり深く考えないようにするか。
もし子供たちが料理人を目指すつもりなら、その時に教えればいいか。
「それにしても、あの店の食事はかなり美味だったな」
「あぁ、エトワールが予約していた店か。
たしか"シャイネン"って名前だったな」
"輝き"と付くだけあって、煌びやかな料理がとても多かった。
それも料理人は一流だったから、相当美味しかったな。
色々と真似てみたい料理もあったし、今度試してみるか。
……まぁ、一流料理がそう簡単に作れるとも思えないんだけどな。
「期待しておこう。
主の料理は最高に美味だからな」
「……もしかして、声に出ていたか?」
「いいや、我の勘だ」
本当にそうなんだろうか……。
少し不安になるが、気にしないほうがいい気がした。
「主さまのお料理は、どれもがとても美味しいです。
先ほどいただいたものとも引けを取らないと私は思います」
「この町に来てからは露店巡りをしていましたし、オーフェリアちゃんはまだトーヤさんのお料理を知らないんですよね」
「ん。
すごく食べたい」
「町で調理するには場所もない。
もうしばらくは待ってもらうことになるぞ」
「ん」
とても短く答えるオーフェリアだった。
ここ数時間でさらに短くなっているような気がするが、反面と言っていいのか随分と表情が柔らかくなったところを見ると、俺たちの傍にいさせることは間違いじゃなかったのかもしれない。
そんなことを想っている時だった。
「……これは、エトワールか。
随分と焦っているようだが、何かあったのか」
「我にはまだ掴めないが、600メートルほど離れているのか?」
「あぁ、そのくらいだ。
この気配、少し気になるな」
「なら行こう、ごしゅじん。
パパっとお肉食べちゃうから!」
そう言葉にしたブランシェは、がつがつと牛串を口に放り込んだ。
……何かを……。
いや、俺たちを探しているのか?
焦りが徐々に強くなってきた。
「ここからだと中央広場に行けば合流できそうだ。
路地を走り抜けるが、準備はいいか?」
俺の提案にこくりと頷く一同を連れ、人気のない小道へ向かう。
わずかに速度を上げ、エトワールとの合流を急いだ。
フュルステンベルク中央広場。
これまで訪れた町と同じように、中央から東西南北に作られた区画へ向かうのに便利な場所になる。
とはいってもこの町の名物は野外劇場と、そこに続く道に並ぶ露店くらいだ。
都市のような大きさがあることもあって武具屋や料理屋などは一流店も置かれているが、良質な店はさすがにバウムガルテンほど多くない。
そんな町の中央を、エトワールは小走りで目指していた。
憩いになる広場へ向かう理由は、かなり限定的になるはずだ。
しかし彼女は相当焦っているのか、路地へと進む方向を変えた。
「……まるで迷走しているようだ。
あの娘、混乱状態にあるぞ」
「あまり考えたくはないが、何かあったんだな」
呟くように俺は言葉にしながら、エトワールと合流するためにこちらも行き先を変更した。
これほどうろたえた彼女の気配ともなれば、原因は極端に限定される。
どうやらその考えは悪いことに的中したようだ。
こちらを視界に捉えたエトワールは半狂乱だった。
「トーヤ様!
どうかお願いです!
アンジェリーヌ様をお助けください!」
今にも泣き出してしまいそうな、悲痛な表情で彼女は叫ぶように答えた。