中々の熟練者
夕食を済ませ、店を出る頃には元気を取り戻したアンジェリーヌだった。
時折どこか遠くを見つめているようにも見えたが、こういう時はあまり気にかけすぎないほうがいいかもしれない。
そう思えた俺は、あえてそれについては避けながら話をした。
「……ありがとう」
小さく言葉にした彼女の気持ちは風にさらわれるように消え、賑やかな喧噪だけが耳に残った。
後姿を見せながら、ふたりは俺たちから離れていった。
寂しげな表情で見つめるエルルは、希望を込めて話した。
「……また、会えるよね……」
「明日は露店巡りをしながら、若手の職人探しをするらしいからな。
でも世間ってのは広いようで案外狭いんだ。
町を歩いていれば会えるかもしれない」
「……うん」
「泊ってる宿の場所と名前は聞いたんだ。
町を出る時には挨拶に行こう」
「うんっ」
エルルはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
本当に慕っているんだな。
そう思える人ができたのは、この子にとってもいいことだ。
彼女たちなら礼儀作法も言葉遣いも、習うべきところは多い。
正直なところ、女性のマナーについては教えられないからな。
女性がするべき対応についてはリゼットとクラウディア頼みになるし、教わるだけじゃなく手本となる人をその目にすることもいい勉強になるはずだ。
そんな悲しい顔をしなくても意外とすぐ会えるんじゃないかとも俺には思えた。
それにこの町は、露店が劇場に向かって真っすぐ伸びるように作られている。
例え人通りが多かろうと目立つふたりだからな。
探そうと思えば案外見つかるかもしれない。
「……ねえ、ご主人」
「どうした?」
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
不安気にブランシェは訊ねた。
たしかに、気にならないと言えば嘘になる。
しかし俺には医術や精神的な面の知識もない。
想像もつかないようなものを本人も知らぬ間に抱えている可能性を否定できないし、実際にそれが大きな問題となった場合の対処法も俺には思いつかなかった。
「エスポワールを使ったし、病気があったとしても治ってるはずだよ」
そう答えるしか、今の俺にはできなかった。
逆に言えば、精神面での治療が可能になれば解決できることも多いだろう。
でもそれは手に入らないほうがいいと思えてならない。
今ですら手に余るスキルを俺は持ちすぎているんだ。
相手の能力を制限し、行動を封じ込め、魔法すら無効化させられる。
さらには未だ性能のすべてを把握していないインベントリや、魔力の自然回復。
対象を文字通りの消し炭にするほどの攻撃魔法。
どれひとつをとっても、人ひとりの手には余るものだ。
これほどの"凄まじい"とすら生ぬるい表現に思えてならないスキルの数々を、なぜ俺が入手したのかも定かではない。
しかし、何か役割があるからこそ手に入れたのでは、とも思えてしまう。
「難しい顔をしているな」
「また顔に出ていたか」
「相談事なら歓迎だぞ。
答えられるかは分からぬが」
「宿に着いたら俺のスキルについて相談させてもらおうと思う」
「……ふむ、なるほど。
大体想像がついた。
今のうちから考えておこう」
「ありがとう」
その察しの良さに俺は救われているんだ。
それについても後でしっかりとお礼を言わないといけないな。
「答えは出ないはずだから、仮説だけでも十分だよ」
「恐らくはそうなるだろうな。
だとしても、何か助言ができるやもしれない。
これでも我は考えることに関しては中々の熟練者だからな」
それを熟練者と呼ぶのかはさておき、考えることにおいてはレヴィアを超えるものはいないはずだ。
「そういえば、なるべく動かずに生活していたんだったな」
「うむ。
あまり大きく動けば色々と問題になるからな。
コルネリアの時も主たちを乗せた時も、随分と静かに泳いだよ」
……それなりに速度が出ていたが、あの大きさだったからな。
子供たちもはしゃいでいたし、風を切りながら湖を進めたのは俺も楽しめた。
それでも相当気を使って泳いでいたんだろう。
そうしなければ大波が畔まで辿り着くから、問題どころじゃ済まなかったかもしれないな。




