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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十七章 目覚め
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マトゥーシュの剣

「……失礼するわ」


 そう小さく言葉にしたアンジェリーヌは退席する。

 呆気に取られたように俺とエルルは視線で彼女を追った。


 丁寧にこちらへお辞儀をするエトワールがアンジェリーヌに続き、ようやく何が起こったのかを理解したエルルは、周りに迷惑がかからないほどの小声で話した。


「どうしたのかな、お姉さん。

 気分でも悪くなっちゃったのかな?」

「そうかもしれないな」


 それでも今は公演中だ。

 会話は慎むべきだからな。

 俺たちも意識を舞台に戻した。



 ヴィレムセン劇団が公開しているこの"マトゥーシュの(つるぎ)"は、各国に翻訳されるほどの人気恋愛小説を題材にしたものらしい。


 かつて、とある国にいた女神のように美しい姫を我が物にしようとした悪漢から騎士が守り抜く、というのが大まかなあらすじみたいだな。


 しかし、そう簡単に終わる話でもなかった。

 悪漢に慈悲をかけた姫の気持ちを踏みにじるように、男は再度姫を奪いにくる。

 その周到な準備に精鋭兵すら何人も退けられ、姫も強奪されてしまう。


 姫を奪い去った男は光の届かない地下牢に幽閉するも、救助に来た白銀の騎士に悪漢は討たれる。

 今わの際に呪いを姫にかけ、世界をあざ笑うかのように朽ち果てるその姿は、デルプフェルト冒険者ギルドマスターの部屋で聞いた密売人の話を思い起こさせた。


 かけられた呪いは体が永久に石化する恐ろしい禁呪で、白銀の騎士は自らの命を犠牲にして姫を呪いから解放させ、命を落とす。


 ここで物語は幕間となり、続けて2幕が始まった。


 悪漢は悪鬼のごとく蘇り、不死の力を得て再び姫の前に現れ、復讐を始める。

 その圧倒的な負の力はすべてを飲み込み、姫だけでなく王や王妃、騎士や多くの国民までが暗黒に囚われてしまう。



 言葉での説明はなかったが、ここでの"暗黒"は、黒い魔力のようなものに触れただけでかつての姫のように石化する呪いだと、俺には思えた。


 それがどれだけ危険で恐ろしい光景なのかは想像に難くない。

 世界の破滅を連想させるような表現をしていたようにも感じた。



 徐々に国全体を闇の衣が覆い始めた頃、一条の光が天から降り注ぐ。

 そこに女神の加護を(たまわ)りし白銀の騎士が"光の騎士"となって降臨し、国を包み込んだ闇を打ち払って世界を救う。


 悪漢は再び捕らえられ、永久に死者の国から出られない強力な封印を施されることで、国中の人々を恐怖の底に陥れた事件はようやく収束へと向かう。


 そのまま姫と騎士は幸せになる恋愛話で終わるかと思っていたが、女神の使徒となった騎士はこの世界に留まることは叶わず、光の国へと旅立つ騎士を姫は涙ながらに見送る悲恋で物語は幕を閉じた。



 悲恋で終わることや、世界の破滅を連想させる暴力的な描写を考えれば、夜とばりが下りそうな時間帯に公演するのも頷けた。


 いくら強くなりたいと思っていたとしても、子供たちにこの演劇を見せて良かったのかは悩ましいところだと俺には思えてしまうが、正直そんなことを考えるのならそもそも武器なんて持たせていないよな……。


 舞台内容も細かな突っ込みどころはあるし、物語がハッピーエンドで終わらなかったことは個人的に言えばあまり好きではないが、劇団の演技力や魔道具を巧みに使った演出、脚本や音楽に至るまで完成度が非常に高く、まるで現代で見られる質の高い舞台を観劇しているような満足感のあるクオリティーだった。

 これを無料で観ていいのかと思えるような出来栄えだったことは間違いない。


「……はぁ、すごかったね……」

「うん。

 とってもどきどきしたの」

「ふむ。

 非常に興味深いものだな。

 これほどのものが見られるとは思っていなかった」


 さすがにこのクオリティーはあまり見られないんじゃないかと俺には思えるが、実際にはそうじゃない可能性もあるかもしれないな。


 だからこそのフュルステンベルクと言えるのか。

 本当にすごい町だな、ここは……。

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