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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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並外れた資質すら

 食後のお茶が運ばれた頃、一連の経緯をふたりに話した。

 しかし、変化を一切感じないアンジェリーヌとエトワールの表情に驚かされた。


「……こう言っちゃなんだが、かなり衝撃的な内容だと思うぞ。

 少しでも何かがずれていたら大変なことになっていただろうし」

「そうね。

 でも、家族を失ったことのない私たちが言葉にすることはできないわ。

 どんなに取り繕ったとしても、たとえ世界でいちばん美しくて優しい文言を並べても、それは時として受け手に悪い意味での同情と捉えられることがあるもの。

 軽はずみな発言は慎むべきだし、何よりもしてはいけない。

 相手への配慮なく言葉にすることは侮辱にも等しいと、私には思えるから」


 持ち上げたカップの中にあるお茶を見つめながら、アンジェリーヌは答えた。



 本当に不思議な魅力を持っている人だな。

 穏やかな口調の中には、信念にも似たものがはっきりと含まれていた。

 冒険はもちろん、短剣すら持ったこともなさそうな女性の口からは明確な覚悟を感じた。


 言葉で表現するなら、"武器を持たない覚悟"か。

 これこそが彼女の本質で間違いなさそうだ。


 単純明快でありながらも、これを実践するのは非常に難しい。

 たとえ我が身に危険が降りかかろうと、それでも人を傷つけない覚悟を持つなんて無理だと言葉にするやつも多いんじゃないかと思えた。


 口先ではどうとでも言えるやつが多い世の中で、彼女ほど強い信念と覚悟を持ち合わせている人は極端に少ないはずだ。

 誰だって自分の命は惜しいと思うのは生存本能に起因するものだろうから、咎められることではないが。


 しかし眼前の女性は、そういった価値観そのものを持ち合わせていない。

 考え方がそもそも一般人とは違うのかもしれない。


 もしもの場合は、襲いかかる凶刃に視線を逸らすことなく結末を受け入れられるほどの強さを、アンジェリーヌから感じた。


 言うなれば意志と精神力の強さだろうか。

 それも並外れた資質すら感じさせる。


 これは鍛えたところで身につけられるかは本人次第だ。

 何十年と鍛錬をしても、手に入れられないかもしれない。


 高潔にして剛毅。

 まるで魂にすら気高さを感じさせるような人だ。


 それをエルルは本能的に感じ取っていたんだろうか。

 だからこそ憧れの女性として目に映っていたのか。


 そんなふうに思えてしまう、見た目以上に内面が美しい女性だった。


 ある日、強烈な経験をしたことで、これまでの行いを見つめ直すように自覚することはあるだろうが、そんな経験は一般人の生涯では体験すらできないほど重々しく苦しいものになる。


 逆に言えば、彼女の強さとも言える輝くような美しさは、生まれながらに持っていた先天性のものではないかと思ってしまう。

 そうでもなければ、考えられないほどの美しさだと俺には思えてならなかった。


「難しいことを考えてるみたいね」

「……また顔に出ていたのか」

「私はこれでも商売人だから、人様の顔色を窺うことに関しては得意だと自負しているわ」

「お姉さん、商人さんなんだ?

 どんなものを売ってるの?」

「主に大人の女性向けアクセサリー販売ね。

 こうして休暇を楽しみながらも若手職人を探して、冷遇されてる子を引き抜いたりすることもあるの」


 いわゆるパトロンか。

 聞くところによると、いつの時代も若手職人は低賃金で働かされるとか。

 技術が開花すれば独立もありうるが、そうなれるのはほんの一握りとも聞いた。


 下積みなんて名目で労働させられ、自分の技術力向上には時間が割けない場合も多く、離職する若手職人が驚くほど多いとアンジェリーヌは話した。


「私が若手職人を捜し歩く切欠になったのも、そんな冷遇されている子を何度も見てきたからよ。

 まだまだ拙いけれど、磨けば上を目指せる子がいくらでもいるの。

 本格的な勉強をする時間を与えることで、素晴らしい細工を施せる職人になれるかもしれないし、その中でも世界に名を轟かせるほどの職人が生まれることだって十分考えられるわ」

「……でもそれって、立派な職人さんになったらお姉さんのところから離れちゃうってことだよね?

 お金ばっかり減っちゃう気がするんだけど……」


 エルルの言うことも分からなくはない。

 だが、そういった意味じゃないことくらいは俺にも分かる。

 恐らくは先ほどの話にも大きく関わってくるんだろうな。


 "人様の顔色を窺うことに関しては得意"、か。

 学校のような場所だとどこかから支援してもらえないと莫大な資金が必要だが、個人でやっている分には意味がまったく異なってくる。


「なるほどな。

 "目利き"ができなければ駄目ってことか」

「どういうことなの?」

「つまり、もったいないと思える才能が感じられた若者だけ交渉しているんだよ。

 それには最低限の技術とか、人となりを見られる鑑識眼が必要だ」

「そんな大層なものじゃないわ。

 ただ、私の美的センスにあった商品が作れそうな子や、根が真面目で努力家な子を引き抜いてるだけよ。

 もちろん、上を目指そうとする向上心の高さも見ているけれど、中にはいるのよね、才能も技術もあるのにやる気がない子が。

 本当にもったいないけれど、私は教育者ではないから諦めてるわ」

「でもでも、お姉さんのところから独立したいって言ってきたら?」

「話し合いをした上で大丈夫だと判断すれば、開店資金の提供をするわね」


 融資ではなく資金援助なのか……。

 随分とすごいことをしているんだな、アンジェリーヌは。


「アンジェリーヌ様の下に来れば大成すると考えた方たちも訪れるようになっていますので、そろそろ本業に専念していただきたいと申してはいるのですが……」

「それはそれよ。

 どうしても私のところへ来たいのなら話くらいは聞くわ。

 もっとも、そういった子たちのほとんどは気持ちだけが違った方面に突出しているから、そのままお帰り願っているけれど」


 ……かなり苦労しているのかもしれないと思っていると、『これはこれで面白い子に会えるから楽しいのよ』と彼女は笑いながら話した。


「機会さえあれば自分でも大成できるかもしれないと思うのは、それほど珍しいことじゃないと思うわ。

 もしそれが資金や生活苦から別の道を歩いてしまうなんて、寂しいじゃない。

 私はすべての人が夢を叶えられると思うほど傲慢じゃないと思うけれど、それでも私が差し出した手を掴んだ子が羽ばたいてくれることに生き甲斐を感じてるの。

 それにたとえ夢を諦めるとしても、それまでの過程で自分なりに納得ができるだけの時間をあげられるのなら、それでいいと思っているわ」


 職人になることだけが、その人のすべてではないもの。

 そうアンジェリーヌは優しく微笑みながら答えた。


 とても魅力的な人に出会えた。

 本心から俺は思った。

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