それぞれの楽しみ方
エトワールが予約した店で食事をしていると、対応に困る言葉が飛び出した。
何事もなかったかのように平静を装って答えたつもりだったが、どうやらアンジェリーヌには通用しないようだ。
「そういえば、舞台で何か大きな演目があったそうね」
「そうなのか?」
「演者の中には黒衣の男性とドレスのような鎧を身に着けた幼い子、軽装の少女が出てたと聞いたわ」
「興味深いな」
「そういうことにしておくわ」
……演技が下手すぎるな、俺は。
口元を手で上品に隠しながらくすくすと笑うアンジェリーヌは、出演者が誰なのか確信を得ているようだ。
あれだけ大暴れしたから、噂になるのも当然だ。
ましてやあれから何時間も経ってるし、俺たちが退場した時は騒然としていた。
あの状態じゃ、いまさら演目でしたなんて通じるわけもないだろう。
アンジェリーヌの様子から察すると、ひとつやふたつの噂からじゃなさそうだし、隠し通すことも難しいな。
「……食事をしながらする話でもないからな」
「あら、私は何も言ってないわよ」
「どうせ早いか遅いかの違いでしかない。
もちろんオーフェリアがいいのなら、だが」
「ん。
トーヤに任せる」
相変わらず最小限で答えるオーフェリアだった。
「おおそよは掴んでいるんだろ?」
「そうね。
そもそも大勢が目撃していたんでしょう?
ここやバウムガルテンならいないわけじゃないけど、それでも黒髪は特定しやすいわ」
言葉にしていないが、黒髪でドレスアーマーを着ているフラヴィから判断したんだろう。
そもそも子供に鎧を着せて武装させるなんて、相当珍しいって聞く。
愛娘に鎧をつけさせたいと思う男親が多いとしても、実際に一般的な収入でオーダーメイドを用意するだけの資金調達は厳しそうだし、出された見積もりに愕然とするのが普通なんだろう。
「こればかりは対処のしようがないか」
「折角の美しい髪を変えてほしくないと私は思うわ」
「トーヤとフラヴィの髪、とっても綺麗な色だよね」
「ええ、そうね」
エルルの言葉に、アンジェリーヌは満面の笑みで答えた。
そう思ってくれるのは嬉しいが、少なくともこの国では結構目立つんだよな。
思えば、すれ違う人の中で同じような色は、数えるほどしか見てない気がする。
東方の出身者には多いとルーナとシュティレは言っていた。
もしかしたら日本人に近い人たちがいるかもしれない。
あの時、醤油や味噌についても聞いておけばよかったな。
ふたりなら答えられただろうけど、状況が状況だったし、完全に忘れていた。
故郷の味が懐かしく思えてきたから、本格的に探してみようか。
「これもおいしいよ、オーフェリアお姉ちゃん」
「ん。
おいしい」
「飲み物のおかわりも頼みますね」
「ん。
ありがと」
とても幸せそうなフラヴィとリゼットは、オーフェリアと食事を楽しんでいた。
どっちが妹なのか分からないが、フラヴィは母性に目覚めたんだろうか。
……いや、あれはお世話をすることが楽しいみたいだな。
普段のオーフェリアは随分と"ぼんやりした子"だから、妹ともこんな感じだったのかもしれないな。
ここ数時間で随分と落ち着きを見せてくれたのは、本当に良かった。
これならもう大丈夫かもしれない。
そう思えるほどの平常心を彼女は取り戻しているようにも見えた。
もちろんそんなに単純な話ではない。
心に巣くう闇は根深く、いつ暴発するかも分からない。
だとしても、フラヴィがいてくれるなら、きっと……。
今のオーフェリアを見ていると、不思議とそう思えるんだよな。
「あら、ブランシェちゃん。
ほっぺにソースがついてますよ」
「……ん~。
ありがと、リゼットお姉ちゃん!」
とても幸せそうな4人だった。
俺の隣にフラヴィとエルルが座るのはいつもと変わらずだが、その日の気分で自由に入れ替わりしていた席順がここ数日で定着したようだ。
フラヴィの隣にオーフェリア、その横にリゼットとブランシェが座る。
子供の面倒を見ることが大好きなリゼットには最高の席みたいだな。
「ふむ。
わずかな甘さを感じる。
それが白身魚を際立たせているのか」
「不思議な甘味です。
砂糖とは違うようですね。
何かの木の実がアクセントでは?」
「……ほのかに栗のような香り……。
ヘーゼルナッツでしょうか?」
「確かにそれに近い香りだ。
しかし料理に応用するとは、中々の腕だな」
「とても美味しいですね。
これほど繊細な香りと味付けは驚嘆の一言です」
唸る3人は、また別の楽しみ方で食事を取っていた。
元々レヴィアは料理を分析する傾向があったし、リージェとクラウディアも波長が合うようで一緒にいる機会がとても多い。
俺の出した料理も分析しながら味わっていたな。
あれはあれで楽しそうだからいいか。
まぁ、美味しいって言ってもらえるだけでも十分なんだけどな。