身震いするほどの
「……わたし、どうしたら……いいのかな……」
彼女は言葉にする。
ひどく消え入りそうな声色で。
それでも、俺たちの想いはしっかり届いているのを感じた。
「それを決めるのは俺たちじゃないよ。
どうするかも"自分自身で"決めればいい。
復讐に生きる覚悟があるなら俺は止めない。
同じ境遇を味わった者じゃなければ口を出してはいけないと思えるからな。
こいつの命を奪うことを否定しないし、それを咎めたりもしない。
そうしたいと本心から望むのなら、それを叶える方法を教えるよ」
"生きる価値がない人間など、この世にはいない"
誰かがそう言葉にした。
命とは尊いものだ。
何ものにも代え難いものだと。
顔も名前も知らない誰かが言葉にした。
確かにその通りだ。
命が掛け替えのないものであることも間違いではない。
それでも俺は思うんだ。
"とてもそうだとは思えない"、と。
そう簡単に割り切れるわけでも、ましてや納得なんてできるはずがない。
生きているだけで、人々に恐怖を与え続ける存在が確かにいるからだ。
何人もの命を消してきたやつを、俺は人だとは思わない。
そんなやつには生きる資格がないとは言わないが、それでも生きていてはいけないやつは確実に存在する。
この世界に神はいない。
神などいるはずがないんだ。
いるのはそれを僭称する人間だけだ。
もし本当にいるのなら、あんな気持ちを幼子に持たせたりはしない。
祈れば叶える都合のいい存在なんて、いるわけがない。
だからこそ、どうするのかは"自分自身"が決めるべきなんだ。
それがどんなに辛い答えだとしても、自分で選ばないといけないんだ。
『憶えておきなさい。
いま起きた、すべてのことを。
大人になれば、必ず理解できるようになる。
だからいま起きたことを、しっかりと憶えておきなさい』
ふと、父の言葉を思い起こす。
目線を合わせながら、父は言葉にした。
俺の両親を奪った男と女を追い返したあとに。
あの時の父の言葉は、今でも忘れない。
言葉に含まれる強い意思も、優しさの中に宿る瞳の色も。
これから先も決して忘れることはないだろう。
……そうだ。
連中も、そこに転がる男に感じたものを発していた。
今はもう遠い昔のように思えるが、それでもあの体にこびりつくような悪意は忘れようがなかった。
当時の俺はまだ幼く、7歳になったばかりだった。
父の言葉が理解できるようになったのは、随分あとになってからだ。
連中は確かに謝罪をした。
地面に頭をこすりつけ、涙ながらに何度も謝罪をした。
……だがそこには、確かに"保身"が入っていたんだ。
大変な事故を起こしてしまい、申し訳ない。
尊い命を奪ってしまい、申し訳ない。
そんな気持ちの中に感じた、確かな違和感。
謝罪しながら、自分の正当性を主張するかのような言葉を連中は発していた。
その日はどうだったとか。
普段は酒を飲まないだとか。
今の暮らしがどうだとか。
幼い子供がどうだとか。
何を言っているんだろうかと思える文言が、止まることなく飛び出していた。
俺には分からなかった。
なぜ、眼前のふたりが涙を流しているのか。
なぜ、自分たちの話を聞かされているのか。
幼かった頃の俺には、分からなかった。
11歳の春。
俺は父の言葉が何を意味しているのか、ようやく分かった。
あの日、あの場にいた連中が、どれほどの悪意に満ちていたのかを。
心の底から気持ちの悪い人たちだと、本気で思った。
人間はここまで不気味に、歪に、おぞましくなれるのかと。
そう思ったら、俺は身震いするほどの恐怖を感じた。