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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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否定することの方が

 空を見上げながら力なく涙する少女に、かつての自分を重ね合わせる。


 ……いや、正確に言えば違う。

 俺は救ってもらえたんだ。

 彼女よりもずっと幼かったし、手を差し伸べてもらえた人がいた。

 他人の俺を受け入れてくれた家族ができた。


 俺は恵まれている。

 でも、この少女にはそれがない。

 復讐のためだけに生きている。

 それが悪いと、俺には答えられなかった。


 ほんの少し何かが噛み合っていなければ、俺も同じだったかもしれない。

 彼女が怒る理由も正確に分かってない俺が口にすることはできない。


「この世界は理不尽で……不条理だ……。

 私たちはただ、幸せに暮らしていただけだった……。

 なのに……こいつは……大切な家族の命を弄んだ……。

 父さんと母さんを無惨に殺し、妹にまで手をかけた……。

 あの子はまだ、たったの7年と3ヶ月しか生きていなかったのに……」


 擦り切れた声を小さく出し続ける少女に、かける言葉が見つからない。

 何を言葉にしても空々しく思われるだけだろう。


「私の大切な家族をすべて奪った男が、今も罰せられずに生きてる……。

 あんな恐ろしいことを平気でできる奴が……この世界にいていいはずがない。

 ……そうでしょう?

 違うなんてことはない。

 私には、そうは思えない」


 今にも心が折れてしまいそうなほど、か細い声だった。


 復讐は果たせず、男の命は奪えず、大切な家族も戻らない。

 ただただ虚しさだけが彼女を支配するように纏わりついていた。


 これは一例に過ぎない。

 恐らくは氷山の一角だと思えるほどのおぞましい気配を男は垂れ流していた。

 復讐に身を委ねることすらできず涙する者がたくさんいるはずだ。

 数え切れないほどの不幸を与え、命を奪い、想いを踏み躙ってきた。


 エレオノーラと少女が呼んだ女性もそうだろう。

 きっと彼女と同じ境遇に置かれていたことは、俺にだってわかる。



 復讐は犯罪だ。

 国は、世界は、認めていない。


 だがそれは、俺がいた世界(・・・・・・)でのことだ。

 この世界での法律じゃない。


 この世界にはこの世界の、それぞれの国が遵守すべき法がある。

 法とはその国、その世界にいる人々が幸せに暮らすために必要となる規律だ。


 それを外から来たよそ者の俺が否定することの方が間違っている。

 復讐を心から望むのなら、俺に何かを言う資格も止める権利もないんだ。


 相手が悪人に限り、たとえその命を奪っても咎められることはない。

 何よりも彼女は被害者なのだから、罪を背負うこともないだろう。

 目的を叶えようとする強い意志を持つのなら、俺には止められない。


 でも……。

 それは、きっと――



「……不幸を呪うなとは言えない。

 俺には……いや、誰にもそんなことを言う資格なんてない。

 でも、それはきっと、巡り巡って自分を殺すことになるんだと、俺は思う。

 自分を殺して、心を殺して……最後には、何も残らないんじゃないだろうか」


 それがどんなに望んでいることだとしても、本当の意味での笑顔は失われるような気がする。


 こんなクズのために、そこまでしてやることはない。

 その道は俺個人としても選ばせたくないし、選ばないほうがいいと思うんだ。


「そこに転がる男は、あんたの手を汚す価値すらない。

 そんなことをしてもあんたの両親は喜ばないだろうし、あんたの妹に顔向けができなくなると俺には思える」


 本心からそう思う。

 きっとそれは間違いじゃない、とも。


「あんたは姉貴なんだろ?

 だったら、妹に恥じるようなことをするべきじゃない。

 両親の名を穢すようなことをするべきじゃない。

 大切な家族を悲しませるようなことをしてはいけない。

 ……俺はそう、思うよ……」


 酷なことを言うが、このままじゃきっと心が壊れてしまう。

 心の拠り所がないとすれば、自らを終わらせてしまうかもしれない。


 そんなこと、俺もフラヴィも望んでいない。

 それくらいは、今の状態でも分かってもらえると信じてる。


「どんなに辛くてもあんたは生き続けて、幸せにならなきゃいけないんだよ。

 どんなに悲しくてもあんたは生き続けて、幸せになる義務があるんだよ。

 この世界にいる誰よりも……幸せにならなきゃ、いけないんだよ」

「……どう、して……。

 ……わたしには……もう……」

「あんた自身が大切に想う家族が生きられなかったからだ」


 遺された俺たちは、そうする義務があるんだ。

 どんなに辛くても、笑顔で前に進まないといけないんだよ。


 俺は独りじゃないからな。

 この子たちのためにも生きる必要がある。

 両親がどう思っていたのかなんて分からないけど、それでもこれだけは今の俺にも言えるよ。


「俺にも親の気持ちが、少しだけなら分かるつもりだよ。

 親ってのは、自分よりも子供のことが大切に思える存在なんだろうな。

 フラヴィも、ブランシェも、エルルも。

 子供たちが笑顔で幸せにいてくれることが、俺はとても嬉しいんだ」


 フラヴィを撫でながら優しい声で話すと、少女を掴んでいた両手を離し、切なそうな顔をしながら俺の胸へ抱きついた。


 本当に優しい子だ。

 俺なんかとは比べ物にならないくらいに。

 そんなフラヴィを、俺は心から誇らしく思うよ。


 抱きしめた子を寂しげに見つめる少女に、俺は話を続けた。


「あんたの妹だってそうだろ?

 あんたのことが大好きだったはずだ。

 それがきっと、"家族"ってもんなんじゃないだろうか。

 俺には血の繋がった両親はもういないが、大切に想ってくれる家族はいるよ。

 ……逢うこともできない、とても遠い場所にいるけどな。

 そういった意味では、俺もあんたも、少しだけ似ているのかもしれない」


 正確に言えば違うが、俺の家族とはまだ会える可能性がある。

 世界を越えなければならないし、どれほど困難な道かもまったく理解できていないが、それでも俺は会えないと決まったわけじゃないからな。


 だから正確に言えば違うし、俺の方が恵まれていることは確かだ。

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