望んでるのよ
自分の体に何が起こったのか、ようやく気が付いたらしい。
顔面蒼白で取り乱しながら目を丸くする様子はとんだ茶番だが。
少なくとも、残りの人生を嘆く時間くらいはあげられそうだな。
悲しみはなくならないがディートリヒの言葉を借りるなら、"今後出ただろう被害者をゼロにした"ことだけは確かだと思えた。
……行き場のない"痛み"が残るのも、間違いではないが……。
ショートソードを構えて男に迫る少女の腕を掴み、俺は訊ねた。
そんな簡単に割り切れるはずもない彼女の心情を理解しているつもりだが、それでも激情に駆られてすべてを終わらせる前に答えてもらいたかった。
「一応聞く。
何をする気だ」
「私はそいつを捕まえるつもりなんてない!
捕まえても大金を積んで出てくる可能性がある!
証拠不十分で釈放されないとは言い切れない! 逃げ出すかもしれない!
なら! 私が!! 私自身の手で!! そいつを終わらせる!!
生かしておけば、同じように不幸になる人が必ず出る!!
そいつはこの世界に生きてちゃいけないんだ!!!」
少女の形相とあまりにも強い殺意に気圧され、小さく悲鳴を上げて後ずさる男。
それは短絡的で救いようのないクズだと自らが認めたことになるんだが、いまさら男がどうなろうと知ったことじゃない。
理解すらできない行動に嫌気が差すが、それでもこの男に楽な道を取らせて解決できるものだとも俺には思えなかった。
「あいつにはもう何もできない。
このまま命を奪うより、檻の中に転がしておいたほうがいいんじゃないか?」
罪に気付いたとしても、それを深く反省し後悔したとしても。
赦すことなど絶対にできないし、するつもりも毛頭ない。
たとえ言葉で謝罪しようとも、あの男は改心なんてしないのは確実だ。
感情に任せてこの世界から消したことで、少女の気が晴れるとも思えなかった。
ただ一時、気が楽になるかもしれないが、それも時間とともに同じような感情か、それ以上のものを抱え込む可能性があるんじゃないだろうか。
心の傷が簡単に癒えるほど、人間ってのは単純じゃないからな。
きっと激しい炎で身を焦がしながら生き続けなければならない。
俺にはそう思えるし、もしそれが現実になってしまえば、そんなものがいい未来だとはとても思えないんだよ。
……"いい未来"、か。
そんなことを思う資格なんて、俺にはないかもしれないが……。
「放して!!
ここで息の根を止めてやる!!
そいつはこの世に存在してちゃいけないんだ!!
それを遂げるために私はここにいる!!
両親も妹もそれを望んでるのよ!!」
「違うよお姉ちゃん!」
客席から立ち上がったフラヴィは瞬時に舞台へと上がる。
こんな男の近くに来てほしくなかったが、その表情を見た俺は動けなくなった。
「……そんな、悲しいこと……言わないで……」
少女の服を両手で掴み、フラヴィは俯きながら小さな体を震わせる。
この子の姿を見た少女の表情や言葉遣いが物語っていた。
……そうなんだな。
フラヴィが、護りたかった妹に見えているんだな……。
そんな悲痛な顔を見せられちゃ、俺にも何が正しいのか分からなくなるよ。
「……どうして、こんな奴を……。
そんな……悲しそうな、顔……。
……なんで……涙……」
「お姉ちゃんが、心で泣いてるのが……分かるから……。
きっとそれは、とっても悲しい答えだって、わたしには思えるから……」
少女の代わりに涙を流すフラヴィに、たまらなく寂しい気持ちにさせられた。
……本当によく似ている。
その優しさも、言葉遣いも。
本当に、よく似ているよ……。
フラヴィの言葉に剣を落とした少女は、力なく両膝をついた。
簡単に割り切れるものじゃない。
そうだとしても、誰がそれを望むのかなんて少女がいちばん分かってるはずだ。
「……だって……そうしないと……。
家族も……私も……誰も……」
"救われない"
わかってるつもりだよ。
ここにいる誰よりも、俺自身が。
……でも。
それでもその道の先に続くものは、きっと……。