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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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ただひたすらに

 ゆっくりと地面へ向かう男のあごを右膝で蹴り上げ、倒れることを許さなかったトーヤは左足を軸に一歩前へ出し、右ストレートを顔面に叩き込んだ。


 空中で大きく1回転した男は後頭部から舞台に落ちるが、それほどダメージが通ってないことを理解している彼は、押さえ込むように男の腹を強く踏みつけた。


「ふたつ、お前に贈り物をしてやるよ。

 礼はいらないから気にしないでいい」


 冷徹に言い放つと、彼はひとつの魔法を相手へ使用した。

 対象の能力を極端に制限する"ステータスダウン"。

 それも効果が永続化される"Ⅳ"をトーヤは無言で放った。


 これまで感じたことのない異質な衝撃に声を短くもらした男は言葉にする。


「――ぐぁッ!?

 ……なん……だ、こりゃあ!?」

「敵に訊ねてないで、少しは自分の足りない頭で考えろ。

 お前が知る必要のないことを答えると思っているのか?」


 腹部を踏んでいた足に力を込めて男の口を開かせたトーヤ。

 インベントリから取り出した透明な木の実を男の奥歯に放り込み、顎下を蹴り上げるように左足を当てた。


 ガラスが割れるような音が響き渡り、噛み砕かされた男に異変が起こる。

 回復魔法に似た優しい光が包み込み、次第にその発光は収まった。


 わけも分からず呆ける哀れな男に、トーヤは言葉にした。


「バウムガルテン迷宮の奥深くで見つけた"消耗品"のアーティファクトだ。

 お前にあげるのはもったいないものではなく、お前にこそ使うのに相応しい」


 冷たく口にする少年の言葉に理解力が追い付かない男だった。

 そんな哀れな男を見降ろしながら、トーヤは話し続けた。


「名を"(とき)じくの実"。

 噛み砕くことで使用者の寿命を極端に延ばせるそうだ。

 大怪我もすぐに治るし、病気も風邪ひとつしない。

 何十年も生き続けられる"呪いのアイテム"だ」


 彼の言葉を理解できない男は、トーヤを馬鹿にしながら言葉にした。


「怪我なく病気もなしで生きられるすげぇアイテムを呪いだと!?

 アーティファクトに相応しい道具なことすら理解できてねぇのかよ!!

 どんだけ頭悪いんだよクソガキ!!」


 あざ笑うように男は声を上げる。

 そしてこれは自分にこそ相応しいアイテムだと確信したようだ。


「これで俺は趣味と実益をかねてオシゴトを続けられる。

 本当に感謝するよ、頭の足りないクソガキちゃん!」


 トーヤは何を思ったのか、押さえつけていた男から離れた。

 それどころか少女の下へ歩み寄り、敵に背後を向けるばかりか座り込む彼女と視線を合わせながら言葉にした。


「少し落ち着いたみたいだな」

「……どうして……こんなこと……」

「泣きそうな顔をするな。

 思っているようなことには絶対にならないから安心していい」


 その言葉は少女にとって不思議と説得力を感じたものだった。

 とてもそうなるは思えないが、彼が言うのだから大丈夫なんだろうと。

 確証もないことを素直に信じている自分に驚いた。


 ゆっくりと立ち上がる男は、少女から奪ったダガーを構える。

 ぎらつくような殺意を向ける男に振り向こうともしないトーヤへ、少女は戸惑いと焦りを強く見せた。


「馬鹿が。

 あの世で後悔しろ、クソガ――」


 凍り付かせるように、男はダガーを手から落とした。

 すぐに拾うも、その異変は確実に男を蝕んでいた。


「……間抜けなやつだ。

 まだダガーを振れると本気で思ってるんだな」

「何しやがった、クソガキッ!!」


 射殺さんばかりの殺意を込めるが、そよ風ほどすら感じなくなった男の気配にトーヤが揺らぐことはなかった。


「もう忘れたんだな。

 どうやら記憶力まで残念になるとは予想外だった。

 仕方ないから、まったく同じ言葉で答えてやる。

 "敵に訊ねてないで、少しは自分の足りない頭で考えろ"」

「――のッ!!」


 怒りを爆発させようとするも、男はその場に力なく膝をついた。

 肉体的な異常を確実に感じさせるが、それが何かの答えは出ないようだ。


「俺はこうも言ったはずだぞ。

 "お前が知る必要のないことを答えるわけがないだろうが"と。

 なら、なぜ俺は"時じくの実"についての話をお前にした?

 分かりやすく話してやる義理もないからな。

 せいぜい檻の中で答えを見つけることだ」


 つまらなそうな視線を男へ向けるトーヤは、膝をつく外道に冷たく言い放った。


「歪んだ笑顔を見せながら人の命を奪い続けるお前は人ですらない。

 だが、道を外れたお前にはもう誰も殺させない。

 過ちに気付く必要も、後悔もしなくていい。

 そんなことで晴れる恨みなど存在しないからな」


 トーヤは本心からそう思っていた。

 それはまるで、自分と重ねているようにも思えた。


「お前はただ、生き続けろ。

 改心する必要も、罪を償わなくていい。

 ただひたすらに生き続けろ。

 だが、悪の道を歩かせるつもりもない。

 自決という"楽になれる手段"も選ばせない」


 それがどれだけ苦痛に満ち溢れた未来だろうと、こんな悪党に死など与えてやるものかと言わんばかりのトーヤは、強い感情を押さえ込まずに言葉を続けた。


「地を這いずり、泥水を(すす)り、腐肉を喰らい、恨みと憎しみに怒り狂いながら生き続けろ、外道」

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