どうでもいいが
悪意の塊のような男を前に、トーヤは嫌悪感を剥き出しで言葉にした。
それはフラヴィを傷つけた貴族へ向けるものと似ているようで、決定的に何かが違っていた。
「俺も、ようやく覚悟が決まった」
「なに言ってやがる。
誰だお前は。
どこから来やがった」
「もう口を開かなくていい。
訂正も、懺悔も、謝罪も、お前のようなクズには必要ない。
お前の存在は人を狂わせ、悲しみを世界に広げるだけの猛毒だ。
下衆ですらない奴を、そのまま裁きの場に出すつもりがなくなった」
トーヤが放った言葉の真意に気付けない男は、なおも悪意を垂れ流す。
その自信に裏付けられた絶大な効果を持つ魔道具を所有する以上、眼前の少年には何もできないと高をくくっているのだろう。
それを確信するだけの数を不幸にし続けてきた男にとって新たに出現した少年は、男を満足させるための要素でしかなかった。
「はぁ? 裁く? 俺を? お前が?
……まだわかんねぇみたいだな。
人を殺す度胸も覚悟もないクソガキが。
勘違いもそこまでいくと天才的な才能を感じるな」
威圧に殺意を込めて放つが、その程度で動じるほど少年は弱くない。
それどころか、何事もなかったかのように平然とその場に立ち続けた。
トーヤは思う。
あの連中にも通ずる卑怯さを感じる、と。
だがそれを確信するまで、もうしばらくの時間を要した。
瞬時に男の懐に入り込んだトーヤは、左拳を突き上げるように下から放つ。
しかし魔道具による身体強化に阻まれ、ダメージを無効化された。
一瞬とも言える刹那の時間に行動されたことは、男にとっても衝撃的だった。
少年を視界に捉えていたはずなのに眼前へ現れるなど、考えもしていなかった。
それでも男は、にやりと口角を上げた。
ダメージが通らないのであれば、何をしても無駄。
その推察は正しい。
絶対的な防御力に自信を持つのも間違いではない。
それだけの意味を持つアーティファクト級魔道具を所持している以上、何をしようとも自分に危害が及ぶことは起こりえない。
だが男は気付いていないようだ。
トーヤがした攻撃の本当の意味を理解していなかった。
理解しようともしない男が、それに気づくわけもなかった。
表情を一切変えずに少年は右拳を鋭く放つ。
男の体が折れ曲がるように上半身を屈ませた。
左拳を当てた瞬間、その違和感にトーヤは気付いていた。
まるで頑強な盾にわずかな亀裂が入ったような感覚を、確かに感じ取った。
痛烈な一打で魔道具の耐久性を確認し、本命の右拳でそれを刈り取る確実な攻撃に繋げていた。
これまで感じたこともないほどの重々しい痛みを受けた男は醜く顔を歪めた。
「……お前、まさかそのアーティファクトを使っていただけで"すべてを無効化できる"なんて、ガキが大喜びしそうな効果を馬鹿みたいに信じてるわけじゃないよな?
……まぁそんなこと、俺にはどうでもいいが」
呟くようなトーヤの言葉が、静かに男の耳へ届いた。




