無駄だったのかもしれない
凄まじい魔力の奔流を少女の細い体の奥底から感じる。
しかも使用者は敵に強烈な殺意を色濃く表していた。
一見冷静に言葉を交わしているようにも見えなくはない。
しかし、今にも憤怒に身を焦がしてしまいそうだった。
彼女の気分を害すれば、こちらを敵とみなすかもしれない。
それならばいっそのこと男を昏睡させて確保してみるか?
……その場合は目標を失ったことが彼女にどう影響するのか分からない。
力を抑えきれず、辺りかまわずに感情が爆発するかもしれない。
逆に言えば、男を昏睡させることでは止められなくなった。
怒り、悲しみ、殺意。
彼女の抱えた気配でおおよその原因は推察できるが、問題はそこじゃない。
まるで取り憑くように少女を覆う強烈な負のエネルギーとその総量。
魔力量で言えばエルル以上。
いや、これはもうリージェ並みか。
人の器でそれを可能とするとはとても思えない領域だ。
少なくとも、そんな力に頼っていれば身を滅ぼすだけだぞ。
……そうじゃないのか。
あの少女は承知の上で力を使っている。
禍々しい力を受け入れるように、自ら手を伸ばしたんだな。
……どうしようもなく、悲しい子だな……あの子は……。
「この剣と、その持ち主を、憶えているか?」
「……あ?
…………誰だ、お前……」
少女の言葉に男の口調が変わった。
禍々しい気配がより濃密になったな。
ようやく奴も本質を表に出し始めたか。
演技で偽る余裕もないのか、随分と声色が低くなりながらも男は答えた。
「……お前、あの魔術師の血縁者か?
いや、そいつはおかしいな。
確かに昔……あぁ、そうかそうか」
にたりと口角を上げながら、男は表情を歪ませた。
その姿を目の当たりにしたエルルは小さく悲鳴を上げる。
……どうやらこいつは、俺が思っていた以上のクズだったようだ。
「くっははは! そうだったのかぁ!
この俺が、まさか殺し損ねたってわけか!
惨めったらしく死んどきゃいいもんを、無様にも秘薬で生き延びやがったか!
ありゃあイイ女だったが相当の跳ねっ返りだから、思わず愛情を込めてズタズタに切り刻んでやったのを思い出したぜ!」
……下衆の極みを体現すれば、男の姿をしているだろうな。
そう思えるほどの下卑た笑いを会場中に聞こえるほどの音量で発し続けた。
ひとしきり笑った後、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる狂人。
人を小馬鹿にした態度の奥底に悪意がヘドロのように溜まっているようだ。
眼前の男は、俺の想像していたものとはまったく異質の存在らしい。
「そうかそうか!
お前の使ってるその力、あの女と同じモノだな!
どうやったのかは興味もないが、馬鹿な女だ!
お前も、"たとえ我が身が滅んでも貴様だけはぁ~"ってクチか!?
最後にゃ虚ろな瞳で悔し涙を流して死にかけた弱虫ちゃんの力使って、いったい何をどうしようってんだクソガキぃ!」
「――汚らわしい外道がエレオノーラさんを侮辱するなッ!!!」
舞台が爆発したような音を響かせ、瞬時に男の直前まで移動した少女。
その速度は魔法による身体強化の比ではない凄まじさがあった。
……だが、振り下ろした剣を軽々と避けられ、反撃を許してしまう。
胸部から肩にかけて斬られるも、紙一重で避ける少女に危機感を覚える。
大振りすぎる。
頭に血がのぼった剣が通用する敵じゃないぞ。
攻撃に集中しすぎで相手の動きも見えていない。
あれじゃ"死なばもろとも"だ。
相手を終わらせられればそれでいいと考えてる。
そんな特攻をしたところで誰も救われないんだぞ。
「……何人がその腐りきった愉悦感の犠牲になった……。
……幸せに生きる家庭を、いくつ崩壊させてきた……」
こちらにまでびりびりと感じさせる怒気を発しながら少女は問いただすも、理解の範疇を大きく逸脱した思考を持つ狂人に何を言っても無駄だと悟った。
男は少女に挑発を続ける。
その聞くに堪えない文言は、性根が腐ってる程度では出てこないものだった。
「……お前、何か勘違いしてないか?
処分したゴミの数なんか、いちいち憶えてるわけねぇだろ。
喋って、動いて、喚いて、叫んで、静かに冷たくなるってだけだ。
オツムの足りねぇお前に教えてやるよ。
俺は世界にとって"イイコト"をしてんだ。
この世からゴミを掃除して回ってる仕事だ。
言うなれば世直しってやつだな、スゲェスゲェ。
世の中にはゴミで溢れてるからな。
切っても切っても害虫みたく湧いてきやがる。
なら、俺がこの世界をほんの少しだけキレイにしてやってんだよ」
その理解できない言葉を耳にした瞬間、俺の中で何かが変化した。
これまで守り続けていた一線は、もしかしたら無駄だったのかもしれない。
この下衆に慈悲などいらない。
徹底的にぶちのめす必要がある。
客席から消え、瞬時に少女と外道の中間に立った俺は、はっきりと言葉にした。
「もういい。
それ以上、口を開くな」




