こんな穏やかな日々が
観光地のような町では、宿屋の空きがないことも多い。
それは異世界だろうと地球だろうと変わらない。
さすがに今回は6人部屋を借りられず、結局ふた部屋をお願いした。
随分と大所帯になったからな、俺たちは。
それも仕方がないと諦めるしかないんだが、今後はこういったことも増えるかもしれないな。
「ごっはん! ごっはん!」
尻尾を大きく揺らしながらブランシェは楽しそうに先頭を歩く。
時折鼻を使って周囲を確認する仕草をした。
何が美味しそうか探しているんだろうな。
「それで、どこに行こうか」
「んー、やっぱり中央なのかな?
でもでも、お店はずっと続いてるみたいだね」
果てなく続くかのような露店を見つめながら、エルルは答えた。
この光景は中々見られないどころか、この町だけのものかもしれない。
「中央ならこのまま真っすぐだな。
途中、美味しそうなものがあれば食べてみようか」
「そうだね。
じゃあブランシェ、美味しそうな香りがするのを食べてみよ?」
「任せて、エルルお姉ちゃん!
実はさっきからいい香りがするのを見つけてたんだ~」
心が弾んでるのが足元に出ているブランシェは、ある露店の前で止まった。
やはり肉かと思っていたが、どうやら違うようで少し驚いた。
「お魚のお店かぁ。
とってもいい香り」
「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち。
うちのサンドイッチは絶品だよ!
食べてみないかい?」
「わぁ、美味しそう~。
サーモンと、こっちは何だろ」
「ニシンのサンドイッチだな。
酢漬けされたものだと思うが、大丈夫か?」
「うちのはお子さまからお年寄りまで食べられる味付けだから、きっと気に入ってもらえると思うよ。
半分でも売ってるから、言ってくれれば切って包むよ」
「いいのか?
商売としてはひとつ売った方がいいと思うんだが」
これだけ多くの店が建ち並ぶんだ。
それも料理店はこの場所から見ても数多く出てる。
競争相手が多いと色々大変だと思うんだが。
考えや心配まで筒抜けで伝わったのか、店主の中年女性は笑顔で言葉にした。
「いいさね。
たくさん店が並んでるんだ。
いっぱい食べなきゃ損ってもんさ。
この町の色んな姿を好きになってもらいたいからね。
フュルステンベルクは"観る"だけじゃないってことを証明したいのさ!」
「そうだぜ若けぇの!
俺たちゃ露店に命預けてんだ!
そんじょそこらの飯屋にゃ負けねぇってことを教えてやるよ!
なぁ!? お前ら!!」
「「「おうよ!」」」
気合の入った声が耳に届いた。
どうやらご近所さんも商売敵でありながら、団結した仲間たちのようだ。
不思議な街だな、ここは。
いや、露店だからこそ協力関係にあるんだろうな。
そもそもこの町は舞台を始めとしたエンターテインメントが有名だ。
だからこそ露店商は気合が乗るのか。
そんなふうに思えた。
これは、幸せそうにかぶりつくブランシェのお腹がぽっこりするまで、町の中央へ行けないかもしれないな。
* *
「もー、だめ。
食べらんない」
「わたしもお腹いっぱい。
ごちそうさまでした」
「お粗末様。
ブランシェは――」
「――はぐっはぐっはぐっ」
「……元気だな。
相変わらず、あの体のどこに入っているのやら」
結構お腹もぽっこりしてきたし、そろそろ限界だろうか。
まぁ、無理して食べることはないだろうけど、これだけ美味しいものが露店で売ってるともなれば限界まで食べたくなる気持ちも分からなくはない。
今日くらいは好きなだけ食べさせてもいいか。
その分、俺が動けるようにしておけばいいだけだからな。
「ブランシェちゃん、あごまでソースが垂れてますよ。
そのまま動かないでくださいね」
「……ん~。
取れた?」
「はい」
「ありがと、リゼットお姉ちゃん!
はぐっはぐっはぐっ」
まるで母親と娘だな、あのふたりは。
可愛いのは分かるんだが、少し甘やかせすぎじゃないだろうか。
リゼットが世話好きってのは分かっていたが、まさかここまでとは。
……まぁ、どっちも幸せそうだし、それでいいか。
「ふむ。
これは辛めの味付けなのか。
魚の風味も残っているし、パンの歯ごたえもいい」
「こちらは甘辛で香りが豊かですね。
お肉がとろとろになるまで煮込まれていて、とても美味しいです」
「私のは酸味と塩味のバランスが良い味付けですよ。
甘酸っぱさがお肉の脂を消してくれています」
「では、交換ですね」
「む?
甘辛いのも中々だな。
甘さが辛さを中和するのか」
「ほどよい酸味でこれも美味しいですね。
さっぱりと頂きたい時には最適かもしれません」
「わ、私には少々辛く感じますが、強めの香辛料が食欲を刺激するようで後引く美味しさです。
それにこれは体がぽかぽかになるので、寒い日には最高かもしれません」
「では交換だな」
……不思議なことをしている3人だが、とても楽しそうだ。
あれはあれで露店の楽しみ方のひとつ、なんだろうか?
俺にはよくわからないが、みんな笑顔だし、いいか。
レヴィアとリージェは分からないが、クラウディアはそれほど多く食べられないからな。
ああすることでたくさんのものを味わえるし、ありっちゃありなんだろけど。
「――それでは交換を」
本当に楽しそうで何よりだ。
こんな穏やかな日々がずっと続けばいいんだけどな。
俺はどこまでも広がる青空を見上げながら、そんなことを考えていた。