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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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すべてが素敵

 露店を巡りながら楽しんでいると、ひとりの女性とすれ違った。

 強めにぶつかるところだったが、意識を楽しいことに向けていても周囲警戒を怠らなかったエルルは流れるような動きで避けた。


 反射的に褒めようと口を開きかけた俺は自重する。

 ここは随分と人通りも多いからな。


 ぶつかりかけたことに気が付いたんだろう。

 足を止めた女性はエルルのことを気にかけた。


「あら、ごめんなさい。

 危うくぶつかるところだったわね」

「ううん、大丈夫だよ。

 心配してくれてありがとう、お姉さん」


 笑顔で応えるエルルに女性はしゃがみ込み、視線を合わせながら言葉にした。


「本当にごめんなさいね。

 ぶつかっていたら怪我をしていたかも。

 どうにも気が()いてたのね。

 周りが見えなくなるなんて」

「何かあったの?」


 首を傾げながら訊ねるエルルだが、どうもそういったこととは無縁のようだ。

 心配していた表情から花が咲いたような明るい笑顔になった女性は、とても楽しそうに答えた。


「この町はとても魅力的でしょう?

 年甲斐もなく気持ちが抑えられなかったの」

「わかるわかる!

 とっても楽しい町だよね!」

「そうね。

 見るもの聞くもの食べるもの、すべてがとても素敵だわ。

 それに評判の高い劇団が公演するらしいし、行き交う人たちの足取りも軽いわ」

「評判の高い劇団?

 そんなに有名なの?」

「演技が上手らしくてね、かなり有名よ。

 それこそ隣国の小さな町にまで知れ渡るくらい。

 演目は知らないけれど、恋愛物が多いと聞いてるわ。

 一度でいいから観劇したいと思ってたのだけど、明日公演されることを偶然聞いて周りが見えなくなってたみたいね」


 そう言葉にした女性は申し訳なさそうな表情になるも、すぐさま笑顔を見せた。

 子供のエルルに気を使わせないように配慮してもらえたんだろうな。


 二言三言会話を交わしていると、給仕服を着た女性がやってきた。


「アンジェリーヌ様、宿と食事の手配を済ませました」

「ありがとう、エトワール。

 私たちはこれで失礼するわね」

「お話ありがと、お姉さん!

 とっても楽しかった!」

「こちらもよ。

 素敵な時間を過ごしてね」

「うん!」


 ゆっくりと立ち上がった女性はこちらに軽く挨拶をした。

 言葉遣いから商国出身なのは間違いなさそうだな。


「Bonne journée」

「A vous aussi」


 俺の受け答えが嬉しかったのか、女性は満面の笑みでその場を離れた。

 その上品さを感じさせる仕草から相当いいところのお嬢様だろうことは分かるが、何よりも心根の優しい女性のようだ。


 お付きの女性も礼儀正しくお辞儀をしてくれた。

 一介の冒険者にするようなものではないはずだが、とても丁寧な対応をしてもらえたと解釈するべきだろうな。


 俺たちのやり取りを見ていたエルルは、顎に指を置きながら首を傾げて呟いた。


「……ぼんぬ、じゅる……あぶ?」

「ボンヌ・ジュルネ。

 商国の挨拶で"良い1日を"って意味だ。

 その言葉に俺はア・ヴ・オスィ、"あなたもな"と答えたんだよ。

 一般的に使われる日常会話のひとつだろうな」

「不思議な魅力を感じる息女だったな。

 まるで大人になったエルルを見ているような美しさがあった」

「レヴィア姉たちほどじゃないよぉー」


 美しいと言われて、まんざらでもないエルルだった。

 あくまでも"大人であること"を前提とした話ではあるが。


 確かに髪や瞳の色がエルルと似ていたし、何よりも上品さがとても様になっていて、大人に成長したエルルはきっとあんな感じなんだろうなと思えた。

 両頬に手を添えて左右に揺れながら照れる仕草は可愛いが、むしろ嬉しさのあまり注意力が散漫になったのは問題だな。


 まぁ、こういったことも経験して覚えていくものなんだろうし、あえて突っ込むこともないか。

 折角のお祭り一色の町に来たんだから、釘を刺す必要もないだろう。


 ……あまり体をくねくねするのに慣れると、ラーラさんのような女性にならないか心配になるが……。


「あ、トーヤトーヤ!

 お姉さんの言ってた劇団、観てみたい!」

「それはいいが、明日公開されるってことしか情報がないぞ?

 まぁ、有名みたいだし、すぐに分かるか。

 とりあえず宿屋を手配してからごはんにしよう」

「ごはんっ!」


 ……その言葉に強く反応するのはどうかと思うが、ブランシェはいつもか。

 これでもかと瞳を輝かせる子の手には、すでに肉を食べ終えた串しか残っていなかった。


 最近、また食べる量が増えてきたな。

 よほど体が食事を欲しているってことか。


 となると、また急成長するかもしれないな。


「ねぇごしゅじん。

 アタシ、露店ごはん巡りしたい!」

「いいのか?

 どこかの店で食べるほうが落ち着けると思うぞ」


 確かに食べ歩きは楽しいが、しっかり食べるなら料理店のほうがいいと思えた。

 馬車に一週間ほど揺られてたこともあって、疲労が溜まってるはずだからな。


 だが、どうやらみんなの心は決まっていたようだ。

 その楽しそうな喜びようから答えは聞かなくても十分に伝わった。


「それじゃ、宿を取ってから露店巡りをしようか」


 その一言に大きく喜ぶ子供たちだった。

 手放しで喜ぶほどのことでもないと思うんだが、考えてみればそれほど食べ歩きはして来なかったような気がする。


 美味しそうに食べるブランシェに釣られて買うことはあっても、がっつり食べたりはしなかったからな。


 たまにはこんな日もいいだろうと思えた。

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