それが普通
魔導具屋に戻ってきた現在の時間帯は、どこの店も店じまいを終えつつあった。
ラーラの店はすでに閉店の看板が扉にかけられ、入り口を開けたまま店内を見渡すと客の姿もないようだった。
さて、どこから話すか。
そう考え、歩き出そうとした時、店の奥から何かが迫ってきた。
「おかえりなさぁ~い! あ・な・た!」
パタンと静かに扉を閉める。
よほど疲労が溜まっていたのだろう。
まさか幻聴と幻覚を同時に体感するほど疲れ果てているとは思ってなかったが。
素振りをしすぎたわけじゃないし、きっと慣れない異世界での生活が精神的な影響を及ぼすまでの疲労を感じなかった点は留意するべきだ。
まずは疲労回復の魔法薬を飲むべきだろうか。
冷静に現状を考えていると、後ろから何とも言えない微妙な声色が耳に届いた。
「……あー、いいのか? ……なんか文句みたいなもん言ってるみたいだぞ……」
「気のせいだろ。俺には何も聞こえない」
「……ピンク色のひらひらエプロンをつけていたと僕には見えましたが……」
「それは幻覚だ。俺は何も見ていない」
「……とても幸せそうな笑顔でしたね……」
「それも幻覚だ。そう見えたようで、実は存在していない」
「……いいのか? ラーラさん、泣き出したぞ……」
「…………ったく」
がちゃりと扉を開けると、店内の隅に三角座りしてる大人の女性が見えた。
「ただいま、ラーラさん」
「いたって普通の挨拶にお姉さん号泣しそうだよっ」
「客はいないみたいだな」
「もう閉店時間だからね」
立ち上がったラーラは通常モードで挨拶をしてくれたので、俺も改めて答える。
ようやく冷静さを取り戻したようで、俺の後ろにいる4人を見ながら話した。
「それで、でぃーちゃん達を連れてきたのも理由があるのよね?」
「さすがラーラさんだな。話が早くて助かるよ」
「んふふっ。新妻ですものっ」
くねくねするラーラを視線から外し、俺は恩人達に大切な話を始めた。
レベルや能力値は飾り。
そんなものよりも技術が何よりも大切で、この世界では影響力がある。
俺が体感したことと推察を細かに、何よりも彼らに伝わるように話した。
話を終えると、予想通り戸惑いを隠せない様子だった。
それも当然だ。
これを信じろという方がこの世界の住人には無茶な話だ。
これまで信じてきたものが覆されたような感覚なのかもしれない。
だが、それでもこれがこの世界の真実であることは変わらないだろう。
「土台無理な話だ。
これまで疑いもしなかったことが間違ってるだなんて。
信じられることじゃないのも理解してるつもりだ」
でも、だからこそ俺は言葉にしなければならない。
このまま知らずにいれば、高確率で危険なことにもなりかねないことを。
「……信じるかは、みんなに任せるよ。
そういったことも、"自由"であるべきだろ?」
俺が話した内容をすべて与太話だと笑うのもいい。
信じがたい話なんだから、忘れたって俺は悪く思ったりもしない。
「……そうだな。
どうするかは俺達自身が決めればいい」
「……だな」
「僕達は冒険者、ですからね」
「ええ。その通りですね」
「……まぁ、ひとつ言いたいことがあるとすれば……」
ディートリヒは静かにそう伝えながら俺を見る。
笑いそうな、それでいて泣きそうな、難しい表情を浮かべていた。
彼の言葉を代弁するように、ラーラは静かに話した。
「……みんなトーヤ君の気持ちが嬉しかったのよ。
そんなこと、あなたには言う必要のないことだもの。
黙っていてもいい、あなたはあなたのことだけを考えていいの。
別の世界からやってきたんだもの。自分のことで精一杯。それが普通。
……でも、あなたは違うのね。
ここにいるみんなを心から大切に想っている。
それが彼らは嬉しくて嬉しくてしかたないのよ」
優しい笑顔を向けながら、彼女も彼らと同じような表情をしていた。
これまでの生き方を否定されたと思われたかもしれない。
でも、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。
お互いの顔を見合わせた4人は強く頷き、リーダーは言葉にした。
「なぁ、トーヤ。
お前が町を離れるまででいい。
俺達を鍛えてくれないか?」
真っ直ぐ俺を見据えた4人の瞳は、とても強い意思を感じられるものだった。




