難航するとは
「そんで、トーヤ。
まさかもう町を出るなんて言わないよな?
まだまだバウムガルテンに滞在するよな? な?」
うるうると子犬のような瞳を見せるフランツには悪いが、いい機会だし伝えておこうと思った。
こういうことは先延ばしにすると言いづらくなるからな。
それにフランツも、そうなることを予感してたんだろう。
まるで行くなと言わんばかりの言い方だった。
「俺たちは明後日の朝、この町を出るよ。
クラウディアの修練はじっくりするつもりだし、迷宮に篭る理由もないからな」
「……そうか。
名残惜しいが、冒険者は自由であるべきだからな。
フランツとは違って、俺らは引き止めたりしないよ」
寂しそうに答えるディートリヒだったが、彼もそうなると思ってたんだろうな。
いつものふたりは否定派の席についていたようだが……。
ブレることのないその姿に、自然と笑みがこぼれた。
「なんでそんなあっさり納得してんだよディート!
当分トーヤの美味い飯が食えねぇんだぞ!?
もっともっと引き止めまくれよ!!」
「そうよそうよ!
でぃーちゃんは昔も今も、自由すぎるわよ!」
「……ふたりほど自由じゃないと、俺は思ってたんだが……」
げっそりとした表情のディートリヒは、力なく答えた。
思えばフランツとラーラさんも波長が合ってるんだよな。
それどころか、ふたり合わさると破壊力が増すような気がする。
「それで、トーヤたちは北を目指すのか?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「……つってもなぁ。
ここから北っていやぁ、町はひとつしかないぞ。
その先は断崖絶壁みたいな岩山だけだと思うんだが?」
ちらりとディートリヒに確認を取るフランツだった。
彼らもここから北にある町には行ったことがないと話していた。
そもそも依頼でもなければデルプフェルト所属の彼らが出向く理由もないが。
「俺もそうだと聞いているが、ここにいても進展しなくなったからな。
それなら先に進むのもいいかもしれないと、みんなで話し合ったんだよ」
「エルルの記憶はまだ戻ってないんだろ?
もう少し情報を集めてもいいんじゃないか?」
「憲兵隊本部や商業ギルドにも問い合わせてみたが、情報はなかったんだ。
そもそもデルプフェルトで出会ってるし、もしかしたら北に来すぎた可能性も高いと思ってるんだが……」
エルルへ視線を向けるも、彼女は首を横に振りながら答えた。
「もう少し北、だと思う。
正確な場所はわかんないけど、近づいてる……と、思う……」
これまでと変わらずに曖昧な表現をするエルルだが、少々雲行きが怪しくなってきたと思わずにはいられない。
この子もそれを理解しているんだろう。
年齢以上に聡明だからな、エルルは。
「んな暗い顔すんなよ。
トーヤなら必ず家に連れてってくれっから安心しろ」
「うん!」
出会った頃と変わらないフランツの笑顔に癒されたのか、満面の笑みでエルルは答えた。
しかし、俺としては首を傾げざるをえない言葉が飛び交っていた。
それについてはしっかりと否定の意味を込めて突っ込んでおこうと思う。
「……俺のことを万能だと思ってるんじゃないか?
これまで人頼みで情報を収集するくらいしかできていないんだぞ?」
結局はエルルが思い出さなければ難しいんじゃないかと思ってるくらいだし、実際そうなりかけている気がしてならないんだが……。
そもそもエルルの記憶違いかもしれない。
本当はもっと南で、デルプフェルトの近隣だったんじゃないか?
そうでもなければ、森を独りで歩いてたことの説明にはならない。
バルヒェットに滞在した記憶が色濃く残っていることで北を目指したとは考えにくいが、たとえ行商人の親がエルルを連れて旅をしていたとしても、北の果てが見えるような場所の住人だとは思えない。
大都市とはいえ情報量は多いし、テレーゼさんの力添えもあって商業ギルドや憲兵にも話を通してくれた。
それでも、エルルと同じ風体の捜索依頼は出ていないのが現状だ。
本音を言えば、これほどまで難航するとは思っていなかった。
町に来れば。
都市に着けば。
ギルドを頼れば。
子供の捜索くらいなら何とかなると思っていたが、かなり甘い考えだったかもしれない。
そんなつもりはないが、この子を放っておけば大変なことになっていた。
きっと施設に入れられるだろうし、そのまま親が来るまでたったひとりで待ち続けていたんじゃないだろうか。
この子にそんな思いをさせなかったことに、心の底から安堵した。
しかし親が見つからないままでは素直に喜べない。
これだけ冒険者ギルドや憲兵、商業ギルドの力を借りてもわずかな情報すら手に入らなかったことは、あまり良くない状況と言える。
……本当にエルルの記憶頼みになりつつあるな。
いい傾向とは思えないが、思い出してくれることがいちばんなのは間違いなさそうだ。




