ひとりの親として
修練を始めて1週間が過ぎた。
魔力の流れを見られるようになる鍛錬自体は5日前から続けているが、これといって変化は見られない。
そう簡単に体得できるものでもないし、フラヴィたちが特殊すぎるんだと再確認ができる彼らの修練風景は、道場で過ごした日々を思い起こせて心が和んだ。
そもそも魔力の流れを視認するだけでも難しい上に、狙うべきポイントを見極められるようになるのはさらに高度な技術が要求される。
できるだけその感覚を安定させられないと、戦闘では使い物にならないだろう。
当然、それには個人差がある。
しかしこの修練は努力すればするほど実入りが多い技術なだけに、彼らにはぜひとも覚えてもらいたいと俺は思っていた。
その理由のひとつが、暗殺者の存在だ。
恐らく彼らに襲い掛かるようなことはないとは思う。
いち冒険者パーティーを襲撃したところで大きな成果は得られない。
仮に俺の精神的な揺らぎを期待して彼らに牙を剥くつもりなら、確実に連中を壊滅させる理由を作るだけだからな。
頭が切れる者ほど、報復よりも組織の立て直しに尽力するはずだ。
残念ながら、これらは俺の推察にすぎない。
そもそも一般的な常識とは思えないどころか、理解すらできない思想を持つ連中の行動を完璧に把握することなど誰にもできはしないだろう。
常に最悪の事態を想定しなければならないのだから、襲われる可能性もゼロじゃない以上はその対応策をしっかりと手に入れておくべきだ。
冒険者ギルドは現在、暗殺ギルド壊滅のために全力を注いでいる。
この国の首都にある拠点は確実に潰しておく必要があるが、バウムガルテンからは遠すぎることもあって、俺が到着する頃にはすべてが終わっているだろう。
俺にできることがないわけじゃない。
俺にしかできないことは多々あるはずだ。
作戦に参加するだけでもどれだけ助かるのか。
冒険者ギルド側からすれば、計り知れないほどの影響力があるのは間違いない。
しかし、ヴィクトルさんはそれを望んでいない。
幼い子供を連れた俺には家族の傍にいてほしいと願っている。
言葉には出していないが、あの人はひとりの親としてそうするべきだと言ってくれた。
何よりも、俺自身がどうするべきかを悩んでいるからな。
中途半端な気持ちで首を突っ込むには危険すぎる。
もし本格的にギルドとの共闘をするのなら、それなりの準備だけじゃなく子供たち自身を巻き込む覚悟を決めなければならない。
それぐらいの覚悟なくして、揉めていい相手ではない。
だからこそ俺は力を貸すべきだと思う一方で、答えを出せずにいた。
そう言葉にしてしまえば、この子たちは絶対に否定しないだろう。
それはつまり、俺のために命を投げ打つ覚悟を持たせてしまうことになる。
暗殺ギルド壊滅の力添えは、俺にはできない。
子供たちにそんな覚悟を持ってほしくない。
俺は、そんなことのために子供たちを鍛えたわけじゃないんだから。
視線と意識をフランツに戻した。
最近では安定感を見せるようになっている。
これなら身体強化魔法を戦闘にも活かせるだろう。
「……随分と避けるのが巧くなってきたな」
もうヒュージゴブリンじゃ相手としては不足になってきた。
とはいえ、下層に降りると今度は他の冒険者がいるから邪魔をしてしまう。
人型で安全な10階層が彼らにはいちばん適した修練場所だろうな。
「フランツも完全に相手の攻撃を見切ってるな。
最初は無駄な動きばかりだったけど、ようやくまともに動けるようになったか」
「俺たちを教えてくれた師匠は体術にも力を入れていたからな。
"戦闘の基本は洞察力と足運びじゃ!"なんて言ってたくらいだし、実際にそのお陰で命を救われたこともある。
本当に大切なんだよな、体術ってのは」
「体術ってのは格闘家が体得する技術だと勘違いしてるやつが多いが、この技術を学ぶことは攻撃だけじゃなく防御面でも効果を発揮する意味を持つなんて、考えもしないんだろうな。
身体を鍛えるのに体術は必須で、初歩的な技術だ。
これがあるのとないのとでは、圧倒的な差になりかねない。
命を懸けて魔物と戦うこの世界ではどれだけ大きい力になるのか、それを知らずに学ばないなんて俺には信じられないよ」
そういったことも、知識が足りない冒険者に話したところで伝わり難い。
少なくとも冒険者養成学校ならしっかりと教えてくれると聞いたが、いわゆる必修科目ではないらしい。
覚えるのも、覚えないのも。
すべては冒険者の"自由"が優先される。
特にこの国ではその傾向が強い。
これも自由の代償と言えなくもない。
しかしそのせいで生徒が命を落としたなんて話が耳に届けば、やはり改善するべきじゃないだろうかと俺には思えてならなかった。




