みんなが無事なら
さすがに今の一言は堪えたようだ。
だが俺はそれほど強くなったと自覚していない。
実際に強くなったわけでもないだろう。
これまで迷宮では子供たちの修練にほとんどの時間を費やしてきたし、俺がしてきたことと言えば基礎的な反復練習と"無明長夜"を十全に扱うための修練だけだ。
魔法に関しては上達したが、これは身体的な強さとは別物だと思っているから、直接的な強さという点では除外するべきだろうな。
魔法に頼る戦いがどれだけ危険かを分かっていなければ、エルルにも"廻"を学ばせたりはしなかった。
結局のところ、物理と魔法のどちらにも対処ができなければ危ないからな。
重々しく肩を落とすフランツは、独り言のように呟いた。
覇気のない声色を発するその姿に哀愁を漂わせているが、彼の言葉はもっともだと思う一方で注目すべき点はそこじゃないんだと、彼らとは全く別のことを俺は考えていた。
「……俺……すげぇ頑張ったんだけどな……」
「気持ちは分かるが、俺たちはあの時のトーヤを越えられていないんだから、それも当然じゃないか?」
「……けどよ、ディート……一撃くらいはって思いたいんだよ、俺は……」
ディートリヒも、ライナーも、エックハルトも。
みんながどれだけ凄いことをしているのか、誰も気が付いていないみたいだな。
「84階層に到達したんだから、デルプフェルトにいた頃とは比べ物にならないくらい強くなったのは分かってるつもりだよ。
あの時も言ったが、俺が教えたのは基本的な気配の感じ取り方と武術の基礎だ。
それもたったの7日間で、最前線まで行けるなんて俺は想像もしてなかった。
これは驚くべき上達速度で、それを聞いた時の俺は思考が凍り付いたよ」
いくら集中的に教えたとしても、これほど強くなれるとは思っていなかった。
指導者が不在で到達できる領域なのかも首を傾げざるをえないと言える。
確かにディートリヒたちは技術も実戦経験も備わっていた。
ひたむきさを持ち合わせていたことも、修練を少し見れば理解できる。
しかし彼らはほぼ我流で80階層を突破するほどの強さになったことも事実だ。
そこからは例のアンデッド大量発生エリアになるからな。
レオンたち"攻略組"の力を借りたといっても、話を聞く限りじゃ魔力の流れを見極められているとは思えなかった。
となれば、最強の冒険者と呼ばれた男の実力も、おおよその見当はつく。
ルーナやシュティレと同等か、若干上下するほどの強さだろう。
この目で見たわけじゃないから正確なことは分からないが、恐らくは戦術や戦略を巧みに使って仲間と攻略するタイプだな。
……もしそうなら、"そんなことありうるんだろうか"、という疑問に戻る。
指導者としての経験は浅いし、大人の門下生を見たことは数えるほどしかない。
それでも彼らは急成長しすぎだと俺には思えてならなかった。
もちろん悪いことばかりじゃない。
それだけ生存率も上がるんだから、彼らが80階層に自力で到達できたのは俺としても喜ばしいことだ。
「……まぁ、みんなが無事なら、それでいいよな」
「なんか、また考え込んでたみたいだな。
でもよトーヤ、今の俺らがあるのはお前のお陰なんだぜ。
基礎的なもんっつってもよ、それがどれだけ大切なのかは俺にだって分かる。
大切に思ってくれている仲間が"託してくれた技術"を蔑ろにしたりしないぜ」
「そうだな。
毎日毎日、反復練習は続けていたからな。
それが実を結んだってことだろう」
「僕たちはそれぞれ違ったスタイルで戦いますから、模擬戦も様々な状況に合わせながら試せたんですよね。
迷宮でも随分と考えたり、試したりすることが多かったですし、とても有意義な時間を過ごせました」
「思えばトーヤさんと別れてからのほうが修練に熱が入っていたように思えます。
日に日に強くなっているのを肌で感じるのはずっと先になりますが。
星空の下、夕食を取りながら強くなるために語り合った日々は、何ものにも代えがたい貴重な瞬間でした」
……そうか。
別れてから随分と経っているんだよな。
みんながこれだけ強くなれたのも、いちばんはみんなの努力あってのことだ。
それは何も特別なことじゃなくて、ひたむきに手を伸ばして届いただけなのかもしれないな。
みんなは変わってないどころか、さらに輝きを増したように見えた。
俺が彼らに惹かれていたのもそういったところからなんだろうか。
俺が本気で教え込めばどれだけ強くなるのかは興味深いと思えてしまうが、独学でこれだけ強くなれたみんなの成長を阻害しかねないとも感じた。
残念ではあるが、あとは彼らに任せたほうがいいかもしれない。
……まぁ、魔力感知に関しては、彼らの安全のために教えておこうと思うが。