そうとも言うわね
ひと段落つけるように、お茶を口にした。
まとめて話しすぎた気がするし、ゆっくりできるからな。
こうしてお茶を楽しむ時間ができたのも、心にゆとりができたからか。
香り豊かなお茶もいいが、たまには緑茶を飲みたいと思えてきたな。
そういえば、この国では見たことがない。
存在しないとは思わないが、やはりこういったものは東方に行けば手に入るんだろうか。
安易な考えではあるが、少なくともないと決まったわけじゃないからな。
探してみるのもいいかもしれないと思えるようになった。
折角だし、醤油や味噌、清酒を探してみようか。
手に入ればある程度の和食を作ることができるし、ワインを使った料理はやはり繊細さに欠けるようにも思えてしまう。
俺個人の価値観や慣れ親しんだ食文化による主観が大きいだろうけど、それでも和食に日本酒は欠かせない。
ここがたとえ中世後期の文明力でも、清酒くらいはあるはずだ。
みりんも可能なら手に入れたいが、こっちは歴史が浅かったような気がするし、入手は難しいかもしれないな。
まぁ、みりんは存在しなくても、清酒さえ手に入れば蜂蜜や砂糖で代用できる。
米から作られる酒ならあるとは思うんだが、清酒用の米がなかった場合はこだわれるほどの出来にはならないだろうな。
それでも、そこそこ美味しい和食くらいなら作れるか。
「ふむ?
新しい料理の発想でも思いついたのか?」
「まぁ、大体は合ってるよ。
正確には調味料探しだな。
清酒や醤油があれば、俺の故郷の料理が作れる」
「……ショウユ、ですか?」
右頬に手を当てながら少しだけ首を傾げるリゼット。
商家の娘である彼女が知らないのなら、もしかしたら存在しない可能性がある。
「醤油ってのは、大豆を発酵させて作られる調味料だ。
俺がいた世界でも1200年も前から作られてるから、清酒も含めて手に入るんじゃないかと考えていたんだが、リゼットも知らないとなれば手に入れるのは難しそうだな」
「私が知らないだけかもしれませんよ。
近年、両親はアンティーク家具を中心に販売していますので、調味料などは取り扱っていないんです」
「そうなのか」
となれば、と期待を込めてラーラさんに視線を向けながら訊ねるも、同時にその考えを否定する俺がいた。
「ラーラさんは何か……いや、知らないよな」
「あっははは!
お姉さんの絶望的な料理スキルに驚愕なさいッ!」
「……つまり知らないってことでいいんだよな?」
「そうとも言うわねッ!」
自信たっぷりで何を言ってるんだよ、この人は……。
自炊しないと金ばかりかかって仕方ないじゃないか。
栄養も偏りがちになるし、塩分も取りすぎる傾向がある料理が多いからな。
そういった面でも調整ができるようになると、料理が楽しく思えるはずだが。
……考えるだけ無駄だな、あの顔を見ていると。
食べることが専門だった父を思い起こさせる。
あれは、美味しい料理が出るのを楽しみにしている人の目だ……。
「ディートリヒたちは何か知らないか?
清酒……米から作られる濁りのない透明度の高い酒なんだが」
「俺たちも東方には行ったことがないな。
……いや、正確にはこの国を出たことすらないんだ」
「まぁ、デルプフェルトとバウムガルテンの間くらいか、ギルド依頼で他の都市に向かうくらいだよな」
「我々もそれほど行動範囲が広いわけではないんですよね。
拠点をデルプフェルトに構えてからは、3つ隣の町までしか行き来もなくなりましたし」
まぁ、拠点ってのはそういったものだからな。
どちらかと言えば、そのまま定住するケースも多いと聞く。
彼らにとってはローベルトさんのいる町が"ホーム"なんだろうな。
「……そう言えば、ふたつ上の兄が行商人から手に入れた貴重なお酒を食卓に出したことがありましたね。
少々癖の強い香りでしたが、まるで水のように透き通っていてワイン特有の渋みもなく、喉越しが染み渡るようなお酒でした」
「それはどこで仕入れたのか、行商人から話は聞いていたのか?」
「東であることは兄も聞いたそうですが、場所までは憶えがないですね。
あくまでも貴重な品として販売されたもので、我が家でも出たのはそれ一度きりでした」
「……東方か。
いい話を聞いた。
ありがとう、ライナー」
「いえ。
情報が不確かなので、僕の思い違いじゃなければいいのですが……」
「清酒が存在すると分かっただけでもありがたいんだ。
東方にかなり興味が出たし、行くことも視野に入れておくよ」
家族で相談の上になるんだが、料理のレパートリーが広がるなら喜んでくれるだろうな。