この世界においての
食後のデザートを出したことで場が和み、話しづらい内容を伝えるのもスムーズになるかと思ったが、予想とは裏腹に想像以上の衝撃をディートリヒたちに与えてしまったようだ。
食べ慣れている俺としてはそれほど特別な味でもないし、香りこそ際立っているが高価な材料も使っていない。
しかし80円以下で売っているものよりも美味く作れた自負がある。
これはもう、ある意味では完成品と言えるだろうな。
「うむ。
やはり主の料理がいちばんなのは、決して揺ぐことがないな」
「はい。
デザートのアイスも本当に美味しいです。
やはりトーヤさんが王都でお料理屋を出すと、世界中で相当注目されますね」
「さすがに悪目立ちするのは嫌だな。
それに定住するよりも、世界を気ままに歩いたほうが楽しいと思うぞ」
ハンバーグにも言えることだが、挽肉を使った料理はたくさんあれど、そのどれもが俺の知るものとは根本的に何かが違っていた。
それはこの世界特有の香辛料だったり固有種とも思える野菜だったりと、様々な違いが決定的な味の変化に繋がっているのは理解できるが。
中にはドイツやクロアチア料理を連想するものもあるところから、シンプルなものに独自の香辛料を使う文化が入り混じった世界になっているみたいだな。
この国しか知らない俺にはその正確なところまでは分からないが、シルクロードや大航海時代を思わせる革新的な文化も起きていないのかもしれない。
もしかしたら魔法文明が発達することによって敵対勢力も強大になり、友好国と敵国の溝が埋まらないような状況が、今も変わることなく続いているんだろうか。
そういえば、ラーラさんは"空人"と世界を旅した経緯があると聞いた。
そんな彼女が俺の料理に真新しさと、この上ない美味しさを感じてしまうのも当たり前のことだったのか。
俺の作る料理は、どれもが"異世界料理"だからな。
この世界ではまだ開発されていない調理法がいくらでも詰まっている料理だし、何十年、何百年と作られ、より美味しさを追求し続けたさらに先の領域だとも言えるものを食べれば、今もなお固まり続ける彼らの反応が当然なのかもしれないと思うようになってきた。
ある意味ではこれが、この世界においての"常識"なんだろうな。
思えば、バニラもこれまでキュアリングを続けてきたからな。
あの時はまだまだ市販されたものとは比べられるような質じゃなかったが、ここまでくれば100円アイスくらいの香りにまでは高められた。
1からバニラを抽出した素人にしては上手くいきすぎてるが、こうしてみんなが喜んでくれるならそれで十分だ。
「以前いただいたものを遥かに超える奥深く豊かな香り。
濃厚でありながらも決してクドくなく、涼風が爽やかに吹き抜けます」
「これは"天使の息吹"どころではありませんね。
まさしく"女神の口づけ"と言える素晴らしさです」
「……血が通ってないんだな、女神ってのは……」
ライナーは置いとくとしても、エックハルトの表現には苦笑いしか出なかった。
「キュアリングも満足できる結果を出せたし、香りも申し分ない。
上を目指せば限りがないから、ここらで完成品として落ち着いたんだ」
「……落ち着いたってレベルじゃないと、俺は思うんだが……」
「食事も終わったし、そろそろ話を始めようか」
「それはかまわないんだが、ふたりが戻って来ないぞ」
ちらりと視線を向ける先。
ちょうど隣り合わせた男女が視界に映った。
涙ながらにスプーンを口に運ぶ男性と、とても幸せそうな女性がそこにはいた。
「……うめえ! うめえよトーヤ!
俺、こんなに美味いもん食ったの、初めてだ!」
「全く同じセリフを同じ男から聞いた気がするのは、俺の勘違いみたいだな」
あの時よりも涙が2割増しに出ているようにも見えるが、どうでもいいか。
あとはもうひとり、なんだが……。
さて、この人はどうしたもんか……。
「うふふ。
だめよ、あ・な・た。
こんなに美味しいの作られたら、新妻として立つ瀬がないわ」
「……前よりもひどい反応をしてるぞ。
どうするんだ、トーヤ……」
「どうするって言われてもな……。
そもそも料理なんかしないじゃないかと声を大にして言いたいところだが、なんか幸せそうだし、ほっといていいんじゃないか?」
本心からそう思う。
むしろ現実に戻ってきたら、また強引なプロポーズをしてくるからな。
「このまま幸せな夢の中にいてもらうほうがいいと、俺は思うんだ」
「……いや、遠い目をしながら語るように話されても困るぞ……。
とりあえず、しばらくは食事休憩にするか……」
深くため息をつきながらアイスを味わうディートリヒは、独自の世界を構築し続けるふたりをどこか疲れた顔で眺めていた。
目覚めるようにふたりが現実に戻ったのは、それから30分も後のことになる。




