楽しみにしてたよ
冒険者ギルド本部が置かれた中央広場から大きめの通りに入り、目と鼻の先にある分かれ道を右へ進んで約10分、といったところだろうか。
魔道具店が建ち並ぶ中央広場に面した大通りから、随分と離れた場所になる。
すぐ隣には大きな通りがあるので賑わっている。
光もしっかりと差し込むだけの道幅があることや、路地とはいえ大きめの歩道が続くためか店も多く建ち並ぶ。
そのほとんどは生活に必要なものを扱っている店や飲食店、雑貨屋などだ。
魔道具専門店が集中して並ぶこの町からすると、少し異質に思える普通な町並みがここにはあった。
住むにはとてもいい立地だが、魔道具屋としては逆かもしれない。
客がここまで足を運ぶのかまでは、さすがに首を傾げざるを得なかった。
知る人ぞ知る店と言えば聞こえはいいが、現実は厳しいんじゃないだろうか。
「本当にこの辺りで店を構えているのか?」
「あぁ、そうだぞ。
なんでも中央区の大広場前は開業資金が跳ね上がるらしい。
魔道具の特性から考えれば、他店を見て回るのが一般的なバウムガルテンだと中央区にある程度近ければ客は来るんだって、ラーラさんは笑顔で言っていたぞ」
「まぁ、魔道具は腐らねぇからな。
いいアイテムさえ仕入れられるなら、どこでも大丈夫なんじゃないか?」
「確かにそうだな」
フランツの言うように、良質な魔道具は金額が跳ね上がる。
もちろん目利きと仕入れる金額にもよるだろうが、"岩石の小手"の値段でも680万ベルツという高額買取をしてもらえた。
バウムガルテンから随分と離れたデルプフェルトならもっと価値は上がるだろうし、それを迷宮都市の適正価格で売ること自体、相当良心的だと言えるのかもしれないな。
そういった彼女であれば、仕入れるルートのひとつやふたつは持っていても何ら不思議なことではないし、わざわざデルプフェルトの店を売り払ってまで迷宮都市に店舗を移転する必要もない。
潤沢な資金を持っていたとしても、考えなしじゃ店が潰れるからな。
何か確信があるからこそ、この都市に移ったんだろう。
それにしても、これまで手に入れた魔道具を専門店で買い取りしてもらったら、いったいどれだけの財を築けるのか。
魔晶石だけでも凄まじい額になりそうなのに、その上良質な魔道具まで買い取ってもらえば、まず間違いなく悪目立ちするだろうな。
……いや、ラーラさんなら色々と融通してくれそうだな。
5、60階層辺りで手に入った、世に出回っても大丈夫そうなアイテムを買い取ってもらうか。
これを逃すとインベントリに放り込んでおくことになる気がするし、考えておいたほうがいいだろうな。
「なんだ?
トーヤも何か特殊なアイテム持ってるのか?」
「まぁ、追々話すよ。
みんなに隠すようなことでもないからな」
「俺たちゃそう簡単には驚かねぇくらい深く迷宮に潜ったぜ!
そんじょそこらの話じゃ、俺たちのほうがいい土産話になるな!」
「そうだな。
楽しみにしてたよ」
迷宮でのことも、ここまでの旅路も。
きっと何気ない日常でも楽しめると思ってるよ。
「この店だな」
「相変わらず店名は"夢と魔法の道具屋さん"、なんだな」
「……すごい名前だね、トーヤ……」
「お店の造り、どこか前と似ているの」
「嬢ちゃんはデルプフェルトの店にも寄ったんだな。
同じ店主がやってると、どうにも似るらしいぞ」
「なんだかパパと来たお店みたいで、ホッとするの」
「「「「パパ!?」」」」
見事に重なったな。
驚愕する気持ちも分からなくはないんだが、さらに上乗せして驚かせることとなった。
「ごしゅじん、お腹空いた。
ここでもごはん、食べられる?」
「「「「ご主人!?」」」」
「お願いすれば俺が用意できると思うぞ」
「ほんと!?
やったぁ!」
手放しで喜ぶブランシェの姿はいつものことだが、ディートリヒたちにはかなり衝撃的なワードが入っていたよな。
それも十分に分かっているつもりだから、直してもらいたかったが。
「驚愕するのも説明を求めているのも理解してるが、ともかく中に入ろう。
人通りも多いこの場所で話せるような内容でもないからな」
「……そ、そうだな……」
「……こ、こここ、子供……トーヤに……子供……」
どこか遠いところを見ながら小刻みに震えるフランツには悪いが、まずはもうひとりとも再会してからになる。
話すにしても随分と長い旅だったし、立ったまま伝えるようなことでもない。
「食事でもしながら話すよ」
「……そんな単純な話じゃないと思うんだが……。
とりあえず、店に入ってからだな」
ぞろぞろと店に入る中、体をかくかくと揺らし始めたフランツに、ディートリヒは声をかけた。
「気持ちは分かるが、行くぞ。
……というか、置いてくぞ」
「……ここ、こ……こども……」
ゾンビのような動きをしながら付いてくる男をちらりと見た俺は、ドアベルの音に懐かしさと心地良さを感じていた。




