自由そのものに
テレーゼさんから連絡があったのは、それから1時間後。
日も傾き、夜のとばりが下りる頃だった。
この町は深夜だろうと人通りがなくなることはない。
むしろ、大人たちが楽しそうに酒を飲む姿を見かけることが多く、閉じずに交代制で営業している露店もあった。
そのほとんどは飲食、特におつまみのような軽食を出す店になる。
俺も酒が飲めるようになればこういった場所に足を運ぶのかと考えたこともあるが、子供たちは俺に引っ付かないと安眠できないみたいだし、ある程度成長するまではお預けになりそうだな。
のんびりと町を見て回りながら過ごしていた俺たちだが、テレーゼさんの連絡によると彼らは冒険者ギルドで待っているそうだ。
思えば迷宮ギルド経由で連絡がいくようになっているらしいし、俺に情報が入るのは彼らが冒険者ギルドへ到着した後のことになる。
かなり待たせているんだろうな。
一方的に呼び出したことに申し訳なさを感じつつも、大きめに作られたギルドの扉を開けた。
テレーゼさんへお礼を伝えに行きたい気持ちは強いが、わざわざ足を運べば彼女の時間を割いてしまうことになりかねない。
今回の一件で随分と仕事が溜まっているみたいだし、迷惑になるだろうな。
そう思いながら2階へ続く階段を見つめていると、懐かしい声が耳に届いた。
「おー! トーヤぁ!
こっちこっち……うぇ?」
こちらを見つけて楽しそうに手を振るフランツは、凍り付くように固まった。
ディートリヒもエックハルトも、そしてライナーも元気そうで何よりだが、俺の周囲を見て言葉を失っているようだ。
まぁ、その理由も分からなくはないんだが……。
近くまで来ても呆然としている彼らに、俺は声をかけた。
「久しぶりだな、みんな。
随分と待たせて悪かった」
「……お、おぅ……」
なおも固まり続ける彼らへ、俺は一言呟くように話した。
「色々話す必要があるな」
「そ、そうだな。
そうしてもらえると助かる。
隣の席とくっつけるか」
立ち上がって席を作ろうとテーブルへ向かうディートリヒを止め、わりと真剣な口調で答えた。
「いや、ここでは話しづらいこともあるし、場所を変えたい。
そういえば、ラーラさんとはバウムガルテンで会ったのか?」
「あぁ、会ったぞ。
俺らが中央区を歩いてた時、家財道具を店に入れてるところに出くわしてな。
体よく使われた上に、不味い糧食をたらふくご馳走になったよ……」
「……ラーラさんは、それはそれはいい笑顔でしたね……」
「……僕、一食で一生分の糧食を食べた気がします……」
ライナーの瞳に光がなくなった……。
確かにあの糧食は二度と食べたくないし、俺が料理を作るべきだと確信した瞬間だった。
まさか手伝いのお礼であんなものを出すとは……。
相変わらずのようで安心していいのか、それとも変わっていないことに驚けばいいのか……。
「折角ですから、ご案内しましょうか?」
「あぁ、頼むよ。
手紙を残してくれたのはいいんだけど、この都市を捜し歩くのはさすがに骨が折れるからな」
「手紙ですか?」
そう訊ねたライナーに白い封筒に入れられた4つ折りの手紙を見せると、3人は呆れたように言葉にした。
「"迷宮都市で待つ"、か。
……相変わらずぶっ飛んでるな、ラーラさんは……」
「トーヤ、これ果たし状じゃねぇか?
初めて見たぞ、こんなの……」
「こういった手紙を見るのは僕も初めてですね……」
「いったい何やらかしたんだよ、トーヤ」
「何もしていない、と思うんだが……」
俺に原因があるんじゃないかと段々思えてきたが、まったく記憶にない。
それどころか、毎日食事を美味しそうに食べてたし、これといって何かをしたとは思え……。
「…………あるかもしれない」
「なんだよ、あるのかよ……」
呆れながら話すフランツだが、俺にはひとつだけ心当たりがあった。
そう、あれは卵から孵ったフラヴィを連れて戻り、近況報告をした後のことだ。
フェルザー湖のほとりに作った拠点へ帰ろうとした際、俺は彼女の申し出を断ったことを思い出した。
「"一緒に行きたい"と足にすがりつきながら号泣するラーラさんの申し出を断って、俺は湖畔に戻ったんだよな」
「……それじゃないか?」
「いや、あれは俺の作る食事目当てだったし、丁重にお断りをしただけだぞ。
この手紙は彼女なりのジョークだと俺は思っていたが……」
そんなことで根に持つような人じゃないのは間違いない。
ラーラさんはぶっ飛んでいるが、根はとてもいい人だ。
「まぁ、会えば真意も分かるだろ」
「……トーヤも相変わらずで安心したよ」
「お互い様だ。
みんなも変わってなくて良かった」
「俺たちは変わらないだろうな。
いつまで経っても自由な時間を過ごしてるよ」
あぁ、わかるよ。
だから惹かれるんだ。
みんなはまるで"自由そのもの"に思える時があるからな。
「んじゃ、移動するか。
自己紹介もできねぇからな。
おーい! 勘定、置いとくぞー!」
「はーい!
いつもありがとうございまーす!」
銀のトレイを持っていたウェイトレスは満面の笑みで答えた。
彼女の対応に違和感を覚えていると、どうやら少し多めに支払っているらしい。
「いわゆるチップだな。
こうすることで従業員のモチベーションも上がるし、長期的に見ればサービス向上にも繋がるって聞いたことがある。
どうせなら気持ちよく運んでもらいたいからな」
「なるほど。
俺も次からはそうするか」
「2度目の来店から明らかに対応が変わったりする店もあって、面白いんだよな」
「貯えはあるに越したことはありませんからね。
従業員はどれだけ忙しくても固定のお給金ですから、少量でもきっとお役に立てていただけるでしょう」
日本人には馴染みのないチップは、海外じゃ当たり前だと聞いたことがある。
それが正しいのかは母国から出たことのない俺には分からないが、エックハルトの言うように金はあるに越したことはないからな。
嫌味として相手に思われていないなら、俺も次から試してみるか。




