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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十四章 空が落ちる日
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せめて大きくなるまでは

 しみじみと思いながら席を立つと、不意にルーナから抱きしめられた。

 考え事をしていると周りが見えなくなることはもうなくなったと思っていたが、どうやらこれも鍛え直す必要があるみたいだ。


 そんな俺の耳にいつもとは違う、けれど本心を感じさせる言葉が静かに届いた。


トーヤ(・・・)、本当にありがとう。

 あなたがいなければ、アタシはこうしていられなかった。

 心からの感謝と、あなたたちの旅が無事であることを祈ってるわ」

「あぁ。

 気にしないでいいとは、あえて言わないよ。

 今回は助けてあげられたが、次はどうなるか分からないからな」

「……そうね。

 でも、次は必ず独力で乗り切ってみせるわ。

 今回の一件を教訓に、アタシはもっともっと強くなる」


 強い意志を示しながら見せたその瞳は、何ものにも代えがたい美しさがあった。


 宝石のように光り輝く色を見た俺は、もう大丈夫だろうと確信できた。

 彼女であれば、いや、彼女たちであれば必ず乗り切れると。


「それについて、俺は心配してないよ。

 ふたりなら必ず強くなれると信じてる」

「……なはは。

 ……敵わないっすね……ほんと……」


 そう彼女は小さく呟いて、ゆっくりと俺から離れた。

 どこか嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情と声色に思うところはあるが、ルーナなら大丈夫だろう。

 道具に振り回されることなく、正しくアーティファクトを使ってくれるはずだ。


「では、ご友人の冒険者へ連絡が行くよう手配をしておきます。

 恐らく本日の夜にはその旨をお伝えできるかと。

 折角ですので、連絡用水晶を使ってお知らせします」

「ありがとうございます。

 よろしくお願いします」


《お礼を言うのはこちらのほうだよ。

 ヴァイス殿には感謝してもしきれない。

 無粋ではあるが、報酬面でも相当な高額を払えるだろう。

 情報提供や犯人捕縛を含むことからしばらくは精査が必要になるだろうけど、ギルド経由で受け取れるよう手配をするつもりだから安心してほしい》


「……ありがとうございます……と、言ったほうがいいんですよね?」


《そうだね。

 これは正当な報酬になるから、受け取らないとそれはそれで問題になる。

 咎められることはないけれど、あなたを知らない冒険者には目を付けられるかもしれないから、お金は受け取ったほうがいいと思うよ》


「噂が噂を呼んで、尾ひれがつきまくって流れかねないっす。

 まぁ、実際には受付で受け取らないとヴァイスっちが言わなければ問題にはならないと思うっすけど、どこにでも聞き耳を立てるゲス()やゲス子がいるもんっすからねぇ」

「……冒険者も色々。

 人気職だし、勘違いしてる馬鹿も大勢いる。

 ヴァイス君も気を付けたほうがいい」

「それもそうだな。

 ありがとう、気を付けるよ」

「……うん」

「それじゃあ、俺たちはこれで失礼します」


《度重なる協力に、再度感謝を。

 ヴァイス殿の行く先に幸多からんことを、遠い首都から祈っているよ。

 それと、近くまで来たら遠慮なく私を訪ねてほしい。

 フローラの淹れてくれた美味しいお茶を飲みながら語ろう》


「とても興味がありますので、近くに行ったら寄らせていただきます」


《お上手ですね、ヴァイス様は。

 わたくしが思う最高の茶葉を用意してお待ちしておりますね》


 場所的にいつ行くことになるのかはまだ分からないが、ぜひ立ち寄ってみたいと思えた。

 折角だから美味しいお茶の淹れ方を勉強させてもらいたいからな。





 "教会は、昨日も今日も明日も不変です"。


 とても有名な聖人が残した言葉だ。

 そうあるべき場所だし、そうでなければならないと俺は思う。


 神の存在を信じていない、それも仏教徒に近い感性を持つ俺が偉そうなことは言えないが、その心持であるべきだと思えた。


 しかし残念ながら、この世界では当てはまる言葉だとは思えなかった。

 少なくとも"最悪"としか思えない状況でそれを教会の上層部が提唱すれば、これほど恐ろしいものはない。



 色々と思うところの多かった今回の一件だが、怪我人は出たものの幸いこちら側に死者を出さずに済んだ。


 当然、それだけでは済まされない事態へ世界が向かっているのは看過できないし、そのうち俺たちにも多大な被害を被る可能性も十分に考えられる。

 いずれは俺も、この世界に暮らす人々の安寧のために動き出すかもしれない。


 でも今は、たとえ束の間でも平和を享受したい。

 ……せめて子供たちが大きくなるまでは。


 この気持ちは親ならば当たり前の感性なのかもしれない。

 それでも俺は、子供たちに恐ろしい日々を感じさせながら過ごしてほしくはないと思った。


 心の底から、そう思った。

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