酔っ払いよけ
すでに夕方をすぎた頃合となる現在。
町の中央部には多くの人が賑わいを見せている。
これから食事へ向かう人達、家族と家路につく者達。
中央にある噴水広場で憩いの時間を過ごす者達と、人によって様々ではあるが、昼間には見かけなかった冒険者の姿が頻繁に視界に映った。
彼らは依頼を終えて町に戻ってきたのだろうか。
そんな中、手を繋いで歩く親子3人の後ろ姿が目に留まる。
幼い少年が両親と楽しげに話しながら歩く姿を、俺は目で追っていた。
不思議な光景に見えたのだろうか。
それともそんな姿に憧れがあったのか。
もしかしたら俺の記憶に残っていないだけで、心が何かを憶えているのか。
しばらくすると、俺の意識は共に歩いている彼らの言葉に耳を傾け、次第に興味をなくしたかのように考えることはなくなった。
* *
ギルドに入ると、そこは昼よりも多くの人で活気づいていた。
中でも気になったのは、多くの冒険者達が楽しげに食事をしている様子だ。
小さな樽のような木製のジョッキで豪快に酒を飲み語らう彼らの姿は、どこか映画の中に出てくる者達を連想した。
「昼とは違った顔を見せるんだな、ギルドってのは」
「そうだな。酒は朝だろうと自由に飲めるが、こう賑わいを見せるのは夜に限ってとも言えるかもしれない」
「ま、その分トラブルはつきものだし、トーヤは優しい顔立ちをしてるからな。
なるべくこの時間帯は避けた方がいいと俺は思うぞ」
「……僕もこれまで何度絡まれたことか……。
お酒をたしなむのはいいのですが、絡み酒は正直やめてほしいです……」
「ライナーさんも優しく穏やかな表情をしていますからね。
私は神官ですから、そういった方達が寄ってこないことに助けられていますが、避けようのないトラブルは厄介なことこの上ないですからね」
「なら、いかつい仮面でもつけるか?
少しは酔っ払い避けになるんじゃないか?」
……仮面なんてあるのか。
いや、考えればああいったものは、むしろヨーロッパが主流のような気がする。
ここは異世界だが、どことなく俺の知ってる場所にも思えるからな。
独自な文化が根付いていたとしても、似通ってるような発展を遂げているのか。
「仮面をつけることは異質に思われないのか?」
そういったものを日常的につける習慣のない民族だし、そう思うのも自然かもしれないと感じるが、この世界ではわりと珍しいことではないと、中々衝撃的な話を聞かせてもらえた。
目立つことには変わりないが、顔を晒すのが苦手な者がつけているのだとか。
特にお忍びで遊び歩く王族や貴族、大商人などといった上流階級の者だけでなく、個性豊かなファッションとしても使われるらしい。
中には極度のあがり症な人も、そういったものに頼るそうだ。
当然、犯罪者も顔を隠す用途で使うため、場合によっては仮面を取るように憲兵から言われたりすることもあるので、一概に面倒事を回避できるかと言えば必ずしもそうとは限らない。
「あとは、あれだな。
ものすごい美人が仮面をつけて歩いてたりすることもあるらしいぞ。
じろじろ見られるくらいなら素顔を隠すってことなのか?
正直、俺にはその考えがよく分からないんだけどな」
そんな話をしながら俺達はカウンターの前までやってきた。
受付にはクラリッサもいるようで、こちらの姿を確認すると席を立った。
「お待ちしておりました、トーヤ様」
「……俺達はおまけかよ」
「失礼致しました、フランツ様。
他意はございません」
白い目で見つめるフランツに、彼女は美しい顔で答えた。
さすがにあの時の笑顔を見せることはなかったが、それでも目鼻立ちがしっかりしている彼女が傍にいるだけで随分と華やかな印象を強く受ける。
綺麗な受付職員に連れられながら、俺達はローベルトのもとへ向かった。