白金の腕輪
転がるフードの男を昏睡から起こす前にやるべきことがある。
武装解除もそうだが、それ以前に厄介なものを所持してるからな。
まずはそれを取り上げなければならない。
右腕につけているプラチナ製の装飾品。
ところどころに上品な細工が施され、見るからに豪華なものだ。
装備を外し、ルーナに放り投げる。
受け取った彼女は、白い目で腕輪を見ながら言葉にした。
「これがアタシを瀕死に追い込んだアイテムっすか。
……こんな腕輪ひとつで苦しめられるなんて、理不尽っすね……」
「そうだな。
だが、積み重ねてきた努力が無駄だとは思わない。
ルーナが歩んできた道は間違いじゃないよ」
「……うん」
とても嬉しそうにルーナは答えた。
努力ってのはそうあるべきだからな。
今回の戦い、実力は明白だ。
ルーナの圧勝だった。
しかし、空間を越えるアイテムひとつでそれが揺らぐどころか致命的な差が開き、俺が合流できなければ彼女の旅は終わっていただろう。
そういう規格外のアイテムばかりなんだな、アーティファクトっていうのは。
それでも、相手から道具を手に入れられたのは良かった。
空間を跳躍する道具があれば、より強力な武器になることは間違いない。
「腕輪は好きにすればいいよ」
その言葉に目を丸くしながらルーナは答えた。
さすがにアーティファクトである以上、素直に受け取るわけにもいかないと思う気持ちは十分に分かるつもりなんだが、俺たちには無用の長物だからな。
「これは受け取れないっすよ、ヴァイスっち。
便利なアイテムなんすから自由に使えばいいのに……」
「デメリットも十分理解してるだろ?
こいつは便利に思えて諸刃の剣なんだよ。
むしろ、攻撃には大きなリスクが付きまとう」
そのひとつが俺の見せた対応策だが、あれは常人に実現できる速度でもない。
それとは別のリスク、つまり身を犠牲にした手段を用いられた場合の話だ。
「生死をかけた状況に追い込まれると、人は命を投げ打ってでも相手を倒そうとすることがある。
刃物だろうが毒だろうが、行動を完全に封じなければかえって危険なんだよ。
壁の奥に行けるのは便利かもしれないが、俺たちには必要ない。
むしろこれはルーナたち向きのアイテムだろうから、仲良く使えばいい」
「確かに相性は良さそうっすけど、さすがに高価すぎて支払えないっす……」
「金なんて必要ない。
ふたりなら悪用しないと確信してるし、市場に流れることもない。
任務達成率だけじゃなく生存率も上がるはずだから、それでいい」
「……ヴァイスっち……」
「……ヴァイス君……」
目じりに涙を溜めるルーナとシュティレだった。
その意味もしっかり伝わったみたいだな。
それに次は助けてあげられるかも分からないからな。
どうせこれからも危険な任務に就くんだろうし、その手助けになれば十分だ。
男の武装を解除し、毒つきのダガーと謎の液体が入った小瓶を押収する。
回復薬もいくつか持ち歩いてたようだが、それも当然か。
「出るわ出るわ、ごろごろと……。
暗殺グッズを大量に所持してるっす……。
おっと、ヤバめのお薬発見っす……」
「呆れるほどの徹底っぷりだな、こいつ。
近接戦闘に持ち込まれても対処できるようにしてるんだな」
恐ろしい相手だとしみじみ感じていると、ルーナが地面に置いた小瓶を指差したシュティレは眉を寄せながら話した。
「……その小瓶、すごく嫌な気持ちになる。
それに、とても不快な匂いがする……」
「……鑑定スキルによると、様々な毒素を詰め込んだ液体だと出た。
これに触れるだけで肉体が腐るって恐ろしいシロモノだそうだ。
それもあらゆる猛毒を合成したものだから、解毒も不可能みたいだな」
「この手の輩なら持ってても不思議はないっす。
その程度なら想定の範囲内の相手っすよ」
これが初めてじゃないと聞こえるような言い方だな……。
……いったいどんなのを相手に活動してるんだよ、ルーナは……。
「……ルーナが無事だったのは、ヴァイス君のお陰」
「……ほんと、その通りね……。
秘薬を持っていたとしても治らなかったわ……。
ありがとう、ヴァイス」
「いや、気にしないで……というわけにもいかないか。
……こんな恐ろしいものを持っているんだな、暗殺者ってのは……」
少し考えが足りなかったか。
触れた瞬間に即死する猛毒なんてないはずだ。
それでも肉体を腐らせようって発想が俺にはできなかった。
二度と関わりたくない連中だが、今後も気をつけるべき……なんだろうな。




