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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十四章 空が落ちる日
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まだ子供なんだな

 ちらりとリーゼルへ視線を向けると、いつもの美しい表情でありながら、どこか寂しそうな瞳の色をしているようだ。

 その場にいられなかったことを悔いているんだろうな。


《……そうか。

 ならばヴァーレリー家と貴女自身に誓わせてもらおう。

 冒険者ギルドはヴァイス殿に正式な保護を与え、可能な限りの最善を尽くす。

 同時に、もしも戦争になった場合は全力で彼を護ることを誓う。

 私の身分は他国にいた貴女であろうとも良く知っているはずだ。

 いや、むしろ現在のヴァイス殿には、そうするだけの意義がある。

 混沌とした世界に向かいかねない事態を回避するためなら、私は何でもするよ》


 …………いま、とんでもない単語が聞こえた気がする…………。


 さすがにそこまではと思った直後、"エスポワール"が持つ真意に気がついた。

 彼女に使った時点では気づけなかったが、確かにこれは世界を恐ろしい方向へ導きかねない凄まじいスキルだと思い知らされた。


 ……あぁ、そうか。

 だから"空人"は危険分子と扱われる場合もあるってことなんだな。

 "空人"ってのは、本当に世界を崩壊させうるだけの力を持っているんだな。


 彼女と同じ境遇に置かれた者が、世界にどれだけ多くいるのかは知らない。

 正直、知ろうとも思えないほど大勢の人が現在も苦しんでいるんじゃないか?

 それを俺が知った瞬間、その場にいた場合も含め、俺は同じ行動を取るだろう。


 ヴィクトルさんもテレーゼさんも、それを確信している。

 現に俺は、今回の一件でそれを証明してしまった。

 そしてそれが何を意味するのか、彼らは俺よりも遥かに早く悟ったんだ。


 俺がその気になれば、すべての奴隷を(・・・・・・・)解放できることに(・・・・・・・・)


 それは決して悪いことじゃない。

 今も苦しみの中を生かされている人からすれば、涙を流して感謝されるだろう。

 それぞれの家に戻り、大切な家族の下で幸せな日常を過ごせるようになる。


 ……これは目先だけを考えた、非常に拙く浅はかな思考だ。


 すべての人がそうであるとは限らない。

 たとえ自由になろうとも、心に刻み付けられた恐怖はやがて怒りに変わる。

 理不尽な暴力を振るった者へ復讐しようと考えないとは言い切れない。


 ……いや、これも恐らくはまだ考えが足りない。

 それを俺は、元いた世界で知っている。


 "集団心理"が持つ恐ろしさを。


 数え切れないほど多くの奴隷を救った先は、まさに恐怖しか感じない状況になるだろう。

 たった数人の意思が半数以上の奴隷とその家族、友人や知人たちに加え、触発された人々を扇動して悪意を向けていた者たちへ牙を剥き、最終的にその対象はこれまで根本的な解決をしてこなかった自国へとベクトルを変える。


 恨みの感情は非常に根深く、度が過ぎれば歯止めがきかない。

 行き場をなくした怒りや悲しみは次第に抑えきれない悪意と変貌を遂げ、さらなる不幸が待つ恐ろしい未来しかなくなるだろう。


 暴動どころでは収まらない恐ろしい世界になるだろう。

 それは言うなれば、互いの生存を懸けた戦いになる。

 どちらかが全滅するまで終わらない凄惨なものに。



 ……考え方が甘すぎた。

 "エスポワール"は対象を健全だった状態に戻すが、心までは癒えない。


 そんな単純なスキルじゃないんだ、俺が手にしたものは……。


 ……俺は、まだ子供なんだな。

 世界を無事に歩けるようになったからといって、知識が育まれたわけじゃない。

 こんな恐ろしいことが目の前まで押し寄せるように迫っていたんだと気づけず、ただただクラウディアが救われた事実だけを嬉しく思っていた。


 ……そうじゃない。

 そうじゃないんだ、この凄まじいスキルが持つ本当の意味は。


 本来であれば所持者の俺自身が自ら気づくべきだった。

 使いどころを間違えれば火種では済まないことに、気づくべきだった。

 下手をすれば大量虐殺に加担していたかもしれない。


 それを、いまさらながらに後悔した。

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