報告したい案件
重々しい空気が漂う中、眉間を指で押さえながら考え込むギルドマスター。
それだけのことをした自覚はあるし、勝手な行動を取って申し訳なくも思う。
それでも俺は、俺ができる最善を選んだと確信している。
だから後悔は微塵もないし、それで咎められても甘んじて受けるつもりだ。
しばらくの時間を挟んで口にした言葉は、戸惑いながらも現状を進めようと模索しているように感じられた。
「……本当に、あなたは間違いなく、クラウディア・フォン・ヴァーレリー・グラーフなのね……」
「はい」
再発行した冒険者カード、正確には個人証明カードをテレーゼさんに提出し、彼女の目で確認をしてもらった。
こうすれば、たとえ身分証がなくとも証明することができる。
そもそも彼女が嘘をついてるとはとても思えない現状でギルドマスターとしてできることは、それとは別のことだろうと思える。
これまでの経緯と彼女の状態を確認し、ルーナの話を軽くすると納得したように頷きながら連絡用水晶に魔力を込めた。
《定時連絡には早いが、何か進展したのかい?》
「ご報告したい案件がございます」
冷静に心を落ち着かせるも、わずかに声を上ずらせる様子から、大都市のギルドマスターだろうと相当に困った事態となっていることに申し訳なく思った。
《……それは……本当なのかい?
いや、偽ることなどないと確信はしてるが……。
それでも何と言うか、あまりにも信じがたい内容だね……》
彼が困っているのは彼女を救い出したことではなく、奴隷を解放した件だな。
事と次第によっては戦争にも発展しかねないとんでもない問題なのも、俺は理解しているつもりだ。
随分と時間をかけたヴィクトルさんは、小さくため息をもらしながら答えた。
《……色々と聞きたいこと、話し合わなければならないこともできたが、まずは貴女に謝罪をせねばならない。
貴女の命を奪うよう指示を出したのは私だ。
ルーナは命令に従っただけにすぎず、すべての恨みはどうか私に向けて欲しい。
それでも、なんの罪もない貴女の命を奪おうとしたことに、真に勝手ながら心からの謝罪をさせていただきたい。
本当に、申し訳なかった》
……きっと、水晶の向こう側では頭を深々と下げているんだろう。
それでも伝わるかは分からないと彼は思っているんだろうな。
けど、彼女から出される答えは、俺の想像していたものだった。
「どうぞ、お気にならさないでください。
同じ立場であれば、私もあなた様と同じ道を選ぶでしょう。
奴隷に身を落とした時点でその覚悟もしたつもりです。
すべてを諦めたところを救っていただきました。
今はただ、ヴァイス様への感謝しかありません」
……そうだよな。
クラウディアなら、きっとそう言うだろうなって思ってたよ。
俺たちはとても似ているからな。
あの場にいればリーゼルだって、クラウディアがそう答えると思うはずだよ。
だが、事はそう単純な話ではなかった。
この時の俺は、彼女を救えただけで満足していた。
"その先"を考えもしなかった浅はかさに、俺は後悔することになる。




