世界共通で
食卓を囲む5人をもてなすように、俺はテーブルから少しだけ離れて立つ。
これだけの人数が座ると大きめのテーブルも小さく見えるが、一口食べただけで手が止まるのはさすがにどうかと思う。
「……んだよ……これ……」
とても小さなフランツの声がダイニングに響く。
あんたが作れと言ったんだろうがと思いながらも、俺は静かに言葉を返した。
「仔牛の頬肉の赤ワイン煮込みだが?」
下処理もしてあるし、臭みはない。
上質な肉をしっかり煮込んでるから、とろける美味さだ。
味見をしたが、十分美味いと言えるはずなんだが。
「……これは……想定の範囲を大きく逸脱してるわね……」
「本気で作った料理でフランツをへこませろと強くせがんだのは、ラーラさんじゃなかったか?」
「そ、それは、そうなんだけど……。
まさか、これほどのお料理が出てくるとは思ってなかったわ……」
「この料理はそこまで大したもんじゃないぞ。
食材の吟味や手間隙をかければ、もっと美味いものだって作れる」
「……色々と突っ込むところがあるが、実際どうなんだ、ライナー。
お前んちでもこれほど美味い物を食べて育ってきたのか?」
若干引き気味に訊ねるディートリヒ。
料理の作り手からすれば、美味いなら美味いと言って欲しいものなんだが。
「さ、さすがにこれほどのお料理はいただいていませんでしたね……。
もっと香辛料を利かせた大味なものなら食べていましたが、こんなにも繊細なお肉料理を食べたことは……」
「数回程度だがこの世界の料理に触れてみて、繊細な味付けがあまり感じられないようなものが多かった。
何にでも香辛料を振りかけて、強烈な臭いでごまかしてた料理店もあったな。
それを基準に考えない方がいいんだろうが、そんなものを食べ続けてると、俺の国元にある繊細な料理を食べてもわからないんだろうなと思うよ。
それを見越して、今回は味が判断やすそうな海外の料理を作ってみたんだ。
これならこの世界の人にも受け入れられるだろうし、食材も簡単に手に入った。
そこまで手間をかけてないが、そんなに悪い味じゃなかっただろ?」
とろける肉は世界共通で美味いと思えるだろうしな。
俺としてはビール煮も好きなんだが、この世界にはエールしかないみたいだ。
ホップが入っていないことで味や香りの変化があるのか確かめてみたいところだが、未成年だからか酒を買うのに強い抵抗感があった。
料理酒としても欲しいし、この辺りは大量の食材と合わせてラーラさんにお願いしておくか。
幸い、インベントリ内は時間が凍結しているようだ。
たとえ氷でも溶けずに持ち運べるのは非常に便利だな。
ミルクを腐らせずに保存できるし、アイスも作れるだろう。
「そういえば、バニラってこの世界にあるのか?」
「バニラ? お花を咲かせるのが難しい観葉植物のことかしら?」
「……その言い方だと、この世界ではまだ料理に使われていないんだな」
「あの草、お料理に使えるの?」
ということは、アイスはないのか。
もう少しあとの時代に発明されるんだろうか。
話に聞くと、特殊な観葉植物を扱っている花屋で売っているそうだ。
なんともすごい話に聞こえるが、バニラはぜひとも確保したい。
時々無性に食べたくなるから、大量に作ってインベントリに放り込むか。
「じゃあ、今度はアイス作りも挑戦してみるよ。
氷があればの話になるし、上手くできるかもわからないが、成功すれば甘くて冷たい氷菓子が作れる」
「あるある! 氷は一杯あるよー!
氷を作る魔導具があるの! 貴重だから私個人で使ってるの!
植物の方は変わったものばかりを栽培して売ってる奇特な子を知ってるから、お食事が終わったらすぐ見に行きましょう! そうしましょうっ!」
さらりとすごいことを言った気もするが、あまり気にしないでおこう。
目を輝かせて答えるラーラだが、まずはバニラを手に入れなければならない。
買えたとしても上手く使えるのかは別の話になるし、難易度の高いバニラアイスを作れるのかも分からないが。
……なんて言葉にしても、もう聞く耳持ってない顔をしているな、この人は。