できればやめてほしい
「んふふ~。
んで、ヴァイスっち~。
彼女をどうするんすか~?
そのままお持ち帰りしちゃうんすか~?」
右手で口元を隠し、半目になりながら聞いてくるルーナ。
その仕草に若干イラッとしながらも答えた。
「……品のない言い方に聞こえるぞ。
テレーゼさんに現状報告と、彼女の保護を頼もうと思う。
身分証を持ってないと問題になるかもしれないからな。
それに今後の行動を少しだけ自重してもらいたい案件があるから、その説明も含めて冒険者ギルドに同行してもらえるだろうか?」
「仰せのままに」
膝をつき、右手を胸に当てながらクラウディアは頭を軽く下げて言葉にした。
その姿はまるで主君に仕える騎士そのものに思え、かなりの衝撃を受けた。
「……念のために……聞くんだが……」
「はい」
「……なんだ、その所作は……」
「おかしいでしょうか?
主君に仕えるにはこうするものだと教育を受けていますが」
「……はぁ……」
口から魂が出そうなほど大きなため息をついた。
やっぱりか……。
何をもってして主君と言葉にしたのかは想像に難くない。
それでも俺に剣を捧げるかのような言動には突っ込むべきだろうな。
「俺はクラウディアの主君でもないし、なるつもりもない。
もう"隷属の刻印"なんておぞましいものはなくなったんだぞ。
今は少しだけ自重してもらうことになるが、その後は自由にしていいんだ。
その言動を冗談として認識できないから、できればやめてほしいんだが……」
跪いたまま起き上がろうとしないクラウディアだが、俺はとんでもないことをしたんだと、この直後に思い知ることになる。
とても言いづらそうに口を開いたルーナは、指でぽりぽりと右頬をかきながら目線を逸らして教えてくれた。
「……あー、ヴァイスっち?
とっても言い難いんすけど、命を救ったことは、そう単純な話でもないんす。
彼女は伯爵令嬢で、武術に長けた名門家のご息女っす。
それだけならお礼で済む話っすけど、ヴァーレリー家は結構特殊なんすよ」
「『我が身を救いし御仁には、全身全霊で"忠"を捧げるべし』
これも我が伯爵家に代々受け継がれた家訓のひとつで、その御仁が男性であれば剣を捧ぐのがヴァーレリー家に生まれた息女としての心構えです」
どこの武家屋敷の家訓だよ!
……と、突っ込める性格なら楽だったのにな……。
にまにましながらルーナは続けて話した。
「ヴァイスっち~、諦めるっす~。
ヴァーレリー家に生まれた女性の誰もが、この家訓を魂に刻み付けてるっす。
だからこそ信頼の置ける地位を驕ることなく脈々と受け継いでるんすよね。
それに忠義っていうと古臭く聞こえるかもしれないっすけど、武術を高めたヴァイスっちならそれがとても大切なものなのは理解できるっすよね?」
「わか……らなくもないが……いや……しかし……」
「"彼女の覚悟に泥を塗った責任は俺が負う"んすよね?」
「ぅ……」
これでもかってくらいニマニマしてるな……。
身から出た錆とはいえ、それでも分かりたくないと思う自分がいる。
何もそこまで拘るような……ことなんだろうな、彼女からすれば……。
「そもそも彼女はヴァーレリー家の跡継ぎなんじゃないのか?
こんな知らない男に救われた程度で大切なことを決めちゃダメだろ」
「どうかご自身を悪く仰らないでください」
……笑顔で怒られた……。
これは何を言っても変えられないんじゃないだろうか……。
ここでもか……。
的中率98%の"女難の相"は、もう抗えないと思ったほうがいいのか……。
「……とりあえず、俺たちは厄介な問題事を抱えている。
その説明を含めて、冒険者ギルドマスターのところへ行きたいんだが……」
「お望みのままに、主さま」
「……」
思わず右手で額を押さえてしまった。
いま起きていることを理解するには、もうしばらく時間が欲しいところだ……。