自分が何をしたのか
本当に、これでいいのか……。
それが正しい道なのか……。
もう、どうしようも……ないのか……。
武器を構えたまま鋭い気配を放つルーナは、ダガーを走らせる。
刃が喉に触れる直前、ふたりの間に割り込んで彼女の腕を止めた。
驚愕する表情を抑えることすら忘れたルーナは、俺の行動を強く批難した。
「ヴァイス!!
自分が何をしたのか理解してるの!?」
「分かってる。
彼女の覚悟に泥を塗った責任は、俺が負う」
そんな言葉じゃ納得できないのも承知の上だ。
でも、それでも俺にはできないんだよ。
自分よりも他者を大切に想う人を犠牲にする道なんて、どうしても取れそうもないんだ。
せめて俺にできることを精一杯してから、それでも難しければまた別の道を考え、少しでも多くの人が幸せに思える道に進んで行きたいんだよ。
そうしないと、俺は子供たちに教える資格すらなくすような気がする。
犠牲の上に立っている自分が、どうしようもなく赦せないと思えたんだ。
それでもダメならまた考える。
その道しか選べなくても、違う答えを出せるように努力する。
優しい人の命を奪うなんて恐ろしい手段を選ぶことは、きっと自分と大切な人をないがしろにするのと同じだと俺には思えるんだ。
この道を一度でも進めば、きっと俺は自分だけじゃなく大切な家族も守れないような気がするんだ。
だから俺は選ばない。
その道は進まない。
それをはっきりと自覚した。
「このまま命を奪うことで終わりだなんて、そんなこと許されるはずもない。
敵意のない人の命を奪う権利なんて、世界中の誰にも赦されるわけがないんだ」
「なら……」
あまりのことに言葉を詰まらせる彼女を見て、俺は安堵した。
任務だからと覚悟を決めていたようだが、誰だって命を奪うことが正しいだなんて思わないからな。
「まだ諦めるには早すぎる。
いや、早すぎたことに、ようやく気づいたんだよ」
「……何をするつもりっすか……」
ルーナの覚悟にも水を差せたようだ。
右手を離すとそのまま鞘にダガーを収めてくれた。
呆れたような、どこか泣きそうな顔の彼女からクラウディアに視線を向けた。
"できませんでした"、なんてのはもう通用しない。
ふたりの覚悟を台無しにした責任も取らなければならない。
あとはただ、可能性を信じるだけだ。
俺は"空人"だからな。
俺にしかできないことをすればいい。
それだけで良かったんだ。
スキルを使うとクラウディアが光り輝き、胸に赤黒い紋章が浮かび上がる。
ぱりぱりと音を立てながら消失する印に、消え失せろと強い嫌悪感が溢れた。
「な――」
目を丸くしながら、わなわなと体を小刻みに揺らすルーナ。
それが何を意味するのか、俺が何をしたのかも瞬時に理解したんだろう。
言葉にならず、ただただ呆けるように立ち尽くしていた。
「……ヴァイスっち……まさか……そんな……」
「もういいぞ、クラウディア。
縛り付けていたおぞましいものを取り払えたはずだ」
「……ぇ……どういう……こと……」
「もう大丈夫だ。
"隷属の刻印"は、跡形もなく消えたよ」
「……ぇ……ぇ……?」
言葉にならないクラウディアに念のため"鑑定"スキルを使って確認してみたが、隷属を思わせる汚らわしい文字もないようだ。
「これでもう、馬鹿な命令を実行しなくていい。
もう、あんなクズに従わなくていいんだ」
ぽんと彼女の頭に手を置き、優しくなでる。
少しずつクラウディアも理解し始めたんだろう。
体を蝕むような違和感を探るように意識を自身の内側へ向けながら、これまでにない、いや、これまでと同じ状態に戻っていることを確信できたようだ。
大粒の涙を流しながら俯くクラウディアは震える両手で俺の服を掴み、小さく、けれど強い意志で言葉にした。
「…………あり……がとう…………」
「いいんだ。
俺がそうしたかっただけなんだよ」
俺の言葉に火がつき、クラウディアは声を大きく上げながら涙を流し続けた。