ひとつのルール
あれから5日が経過したが、これといった変化は感じない。
小鳥のさえずりが心地良く耳に届く平穏の日々を送っていた。
例の男が釈放され、すぐにでも行動をするだろうと俺たちは予想していた。
しかし、この推察も見事に肩透かしを食う結果となった。
投獄中は食事以外の接触を完全に絶ち、人の出入りすら極端な制限をかけた。
滞在者となる男は、それはそれは大層お怒りだったそうだ。
まるでヒステリックの塊に思えるような言動の数々で、そのうち鉄格子を蹴破られるんじゃないだろうかと看守を勤める憲兵は何度か本気で上に報告していたんだと後日聞いた。
中途半端な治療に自由性を尊重した貸切の客室、ぞんざいに作られた美味しい食事が与えられるホテル留置所は、大層気に入ってもらえたようだ。
強引な手段で脱走を企てようとも護衛者が別の場所に隔離している以上、男にできることは歌声を響かせながら鉄格子を蹴り飛ばして音を乱雑に奏でるくらいだ。
そんな男の過ごした時間は、精神をより安定させるには十分すぎると思われた。
仕上げとして、お勤めを終えた男に二言添えてもらった。
"黒服の男が酔って暴れたあんたを落ち着かせてくれたんだってな"、と。
そして"意識がなくなるまで酒を呑むのはやめないと体を悪くするぞ"、と。
あくまでも俺の言葉として伝えてもらった。
これはルーナの案にテレーゼさんが乗った形となるが、そんなことをすれば言葉を伝えた憲兵や宿泊施設に迷惑がかかると思えた俺に、傷害のような暴力事件となればまた収監することや憲兵の保護、被害を被ったことへの保証と謝罪が冒険者ギルドから正式に行われると聞き、多少の不安は残るものの了承した。
その伝言を受け取った男の顔は想像に難くない。
まるで茹でたタコのように赤くなってだろう。
時間をかけずにこちらへ刺客を差し向けると予想するも、どうやら泊まっていた宿に引き篭って部屋の中にある調度品に当り散らしていただけらしい。
引き篭もったこと以外は、悪いことに俺の予想通りとなった。
この一件を知らない宿の主人が憲兵隊に通報する騒動にも何度か発展するも、他国の貴族、それも見るからに危険人物と分かる男の拘束をしようなんて兵はいなかったようだ。
詳細を知る憲兵隊のトップから冒険者ギルドマスターのテレーゼさんに報告が直接される事態止まりで穏便に処理されたと、この一件が落ち着いてから聞いた。
この5日、俺たちはギルドへ行っていない。
向かうのは2日後の定例報告会の時となる予定だ。
もちろん、ルーナやギルドからの使いが来れば現状は急激な変化を迎えることとなるが、そういった事態は一切なく、とても穏やかで清々しい日々を俺たちは過ごしていた。
俺がギルドで暴れた日。
レヴィアとリージェから謝罪されて戸惑ったが、すべては俺のミスが原因だ。
もう少しだけ思慮深く行動していれば、こうはならなかった。
それをふたりに伝えたが、リージェが言葉にした"約束"と、"できるだけ穏便に済ませるための行動を心がけてほしい"と伝えた俺の発言が、エルルとブランシェを含め4人の行動に制限をかけ、フラヴィにそれを守らせてしまった。
その結果があのザマだ。
男の蛮行を許した挙句にフラヴィを怖がらせた。
すべては俺の浅はかさが招いたことだ。
自分の意思よりも俺の言葉を彼女たちは守った。
どれだけ理不尽な状況だろうと、俺の言葉を守ろうとしたんだ。
俺は深く謝罪し、そしてひとつのルールをみんなで決めた。
"その国の法律に反しない限度で相手を無力化し、家族を守ろう"、と。
初めからそう決めておけば良かったと後悔した。
こうしておけば、誰も辛い思いをしないで済んだ。
そんな気持ちを深く想いながら短く謝罪をすると、みんなからは優しい眼差しを向けられた。




