休みも修行のひとつ
《本当に興味深いことが、そちらではたくさん起きているようだね。
やはりヴァイス殿とはゆっくりと話をしたいものだ》
色々な意味が含まれているのだろうことは想像に難くないが、すべての冒険者ギルドを統括する立場にいるヴィクトルさんはそういった時間を取ることができるのだろうか、とも思ってしまう。
さすがに多忙なはずだし、対談してもらえるほどの暇もなさそうだな。
どうやらその考えは間違いじゃなかったようだ。
彼の横から発せられただろう声が耳に届いた。
《ヴィクトル様。
予定が詰まっております》
《そう切ないことを言わないでくれたまえ。
もう少しくらいなら大丈《ヴィクトル様?》
……はぁ、どうやらダメみたいだね……》
ため息をつきながら答えたヴィクトルさんに申し訳なく思った。
随分と無理をして連絡用水晶を繋げてもらえていたようだ。
「お忙しい中、お手数をおかけしました」
《いえ、どうぞお構いなく。
ヴィクトル様が無駄にお茶を飲み続けていただけですから》
《……え、私のせいなのかい?
フローラが次々に注いでくれたんじゃないか……》
《ヴィクトル様がカップを空けるからです。
わたくしとしましては、余程喉が渇いてるのだと可哀想に思っていましたが?》
《…………》
……それほど忙しくないのかもしれない。
こちらに届く会話はどう聞いても痴話喧嘩のように思えた。
《名乗り遅れて申し訳ございません。
わたくし、お茶がぶ飲みグランドマスターの秘書と副ギルド長を兼任しております、フローラ・フォン・クノッヘンハウアーと申します。
最近はいかにヴィクトル様を上手に扱えるのかを日夜研究しております。
どうぞよしなに》
「……あ、あぁ、よろしく……」
何に生き甲斐を見出しているんだ、この人は……。
ヴィクトルさんはグランドマスターのはずなんだが……。
《……見なさい。
ヴァイス殿が引いているじゃないか》
《連絡用水晶に視覚情報が含まれるとは、さすがヴィクトル様。
わたくしたちとは違う特質的なおめめをお持ちのようで、羨ましい限りですわ》
《……なんだか疲れたので、これで失礼するよ……》
「……は、はい……」
疲労感に満ち満ちた声が弱々しく聞こえ、水晶の輝きは落ち着きを見せた。
「なはは!
相変わらず元気にグラマスをいじり倒してるみたいっすね、フローラっちは」
「……大丈夫だろうか。
かなりの毒舌に思えたんだが……」
「だーいじょーぶっすよ!
あれで結構グラマス想いのいい子っす!」
「……そ、そうか……」
結構、なのか……。
デルプフェルトのクラリッサさんといいフローラさんといい、なんでこう違った方面に強い女性がギルド職員にいるんだろうか……。
「ま、冗談抜きでグラマスを神格化せずに対応してくれるのは、フローラっちをはじめとして数名だけっすよ。
ある意味とっても貴重な相手で、グラマスも楽しい日々を送ってるっす」
「そういうものなんだろうか」
「そういった価値観も人それぞれっすよ、ヴァイスっち」
「なるほど。
それなら理解できる」
思えばローベルトさんもそうだったからな。
辛辣に思える言葉だろうと、自然と付き合ってくれる人は少ないんだろう。
「そんでヴァイスっちはどうするんす?」
「さすがに今回の件は堪えた。
ヴィクトルさんはああいってくれたけど、もっと精神的に鍛える必要がある。
町じゃ武術の修練は難しいから心を強くしようと思う」
「お休みも修行のひとつっすよ?
戦いばっかりだったんすから、少しはお休みしてもいいと思うっすけど」
「その通りではあるんだが、近々戦うことになるからな。
相手が厄介なだけに、今のうちにできることはしておきたい」
「勤勉っすねぇ」
ルーナはそう言うが、町でできることはかなり限定される。
人が多いからこそ修練になるものもあるが、今はなるべく油断していると相手に思われたほうがいいだろう。
気を張っていれば警戒されかねない。
あくまでも冒険者一行を装ったほうが狙いやすいはずだ。
「退室するのはもう少しだけ後にするよ」
「ほんとっすか!?
じゃあ遠慮なくフラヴィちゃんのお腹をもふもふするっす!」
本人も喜んでるし、折角気持ち良くなってるところを引き離すのも可哀想だ。
こうやって時々はフィヨ種の姿にしてあげるのも、この子にとってはいいことなんだろうか……。
あとで直接聞いてみるか。