言語道断も甚だしい
あの時の感情は、今もはっきりと憶えている。
押さえなかったとルーナは予想していたようだが、その通りだ。
俺は怒りのまま、あいつをぶちのめした。
その結果が何を導くのか、それがどういった意味を持つのかを考えもせず、自分の激情に任せて暴力を振るい、強引に解決した。
……いや、あれは"解決"なんて理知的なものじゃない。
男の態度も、顔も、声も、その気配すら潰そうと本気で思った。
俺はただ、この子が乱暴されたことが赦せなかっただけだ。
左腕に抱いているフラヴィは今も俺の服をきゅっと掴み、しゃくり上げる。
怖い思いをさせてしまった子の頭を右手で胸に寄せながら、俺は『ごめんな』と小さな声で謝った。
「……パパは、悪く、ないの……。
……わたしを、まもってくれたの……」
「……フラヴィちゃん……」
リーゼルはフラヴィの頭を優しくなで、頬を寄せた。
そんな状況でも傍にいられなかったことと、護れなかった罪悪感が押し寄せているのかもしれない。
だが、すべては俺のせいだ。
ギルドで待機してもらってたことが原因だ。
だから、リーゼルは自分を責めなくていいんだ。
《……ともかく。
男がその後どうなったのか、報告を聞くよ》
「子供に暴力を振るった罪に加え、ヴァイス殿のお連れの女性を奴隷にしようとした罪で投獄中です。
もっとも、鼻と右腕が骨折している上に、ヴァイス殿の放った威圧で現在も意識を失ったままではありますが。
護衛の騎士たちは別の場所に収監し、男との接点を断ってあります」
《ふむ。
予定は少々変わったが、男の様子を見て開放しようと思う。
治療は最小限のヒールのみで、すべての痛みを取り除かないほうが効果的か。
ルーナには男の監視を任せ、何かあれば逐次報告をしてもらうよ》
「うっす、分かったっす」
「……本当に、申し訳ありません……。
あまりにも思慮に欠けた、短絡的な行いでした」
俺が取った行動は、今後の作戦に大きな支障をきたす恐れがある。
それはすなわち失敗しかねない事態を招く切欠を男に与えてしまった。
《ヴァイス殿、いや、ここはあえてトーヤ殿と呼ばせてもらう。
大切な家族に危害を加えられて黙っていられるほど、私も冷静ではいられない。
あなたが取った行動はとても自然なことで、咎められるものでは決してない。
少々やりすぎのように思っているかもしれないが、回復魔法も薬もあるからね。
これで精神的なダメージが大きく残っていれば、それはそれで詰問しやすい。
当然のように、秩序たる法を遵守すべき我々が非道には非道での対処をするわけにもいかないし、すべての人には対等に扱われる権利がある。
……だがそれも限度によって対応を変えるべきだと、私は考えている》
マルティカイネン家は領主の妻だけでなく、4人の子息たちも同じような残忍さを持つと噂されているらしい。
あの男の濁った瞳の色を見ればさもありなんと思えてしまうが、連中の被害者からすればそんな言葉だけでは救われない人たちが山のようにいるのも事実だ。
どす黒く変色しきった楔を誰かが絶たなければならない。
《ましてや、この国にまで出向いたことで、事態は急変している。
このままでは我が国に根付く"自由の精神"すら穢されることになりかねない》
そんなことは断じて看過できないと、ヴィクトルさんは続けた。
法とは秩序であり、その国の根幹だ。
人が人たらしめんとする何よりも重要かつ遵守すべき精神だと、彼は強い口調で断言した。
《私にも娘がいる。
随分前に巣立ってしまったが、それでも思わずにはいられない。
……愛娘の髪を持ちながら宙に浮かせるなど言語道断も甚だしい。
私がその場にいれば、私自身の手で八つ裂きにしていただろう。
それをせずに生きたまま捕らえてくれたトーヤ殿に、心から感謝するよ》
その言葉はこれまで耳に届いていた声色とはまるで違い、ひどく怒りが込められたものだった。
……いや。
きっと親であれば、誰だってそう思うものなのかもしれない。
短絡的で軽率な対応だったが、今も小さく震えながら俺の胸に顔を埋めるこの子をなでていると、あの男を消しておけばよかったと本気で思う自分が確かにいる。
今回の一件で俺が取った行動は、父の目にはどう映るんだろうか。
正直、聞くのも怖いと思えてしまう。
父が悲しむ顔は見たくないし、失望させたくない。
何よりも、俺自身がそうあってはならないと強く思う。
……でも。
それでも父さんは、応えてくれるんだろうな。
いつもの優しい笑顔と口調で、応えてくれるんだろうな。




