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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第三章 掛け替えのないもの
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これだもの

 あれからちょうど2日目の朝。

 いつものように店内清掃をしていた俺の耳に、ドアベルの音が届いた。


「いらっしゃい」

「店員姿が板についてきたな」


 服装も一般的なものに変え、さらにはエプロン姿からそう思えたのだろうか。

 ディートリヒは楽しそうに話した。


「俺としては自覚ないんだが」

「なぁに? あなた達、また来たの?

 "冷やかしお断り"の看板でも作ろうかしら」


 カウンターの掃除をしていたラーラはそう言うが、どこか嬉しそうに見えた。


 何だかんだ彼らと仲がいいと話していたし、ディートリヒ達は人当たりもいい。

 毎日来る買い物をしない客に文句は言っても、追い出すことはしない。

 まぁ、いい取引相手でもあるし、無下には扱えないんだろうけど。


「そうそう。昨日あなた達が帰ってすぐ、例の物を欲しいって人が来たわ」

「まじか!? あんな馬鹿みたいな金額の魔導具を買うなんて酔狂な奴が、この町にいたのかよ!?」

「その酔狂な奴が買いたいアイテムを売りに来たふーちゃんも同じだと、私は思うなぁ」

「ぅぐッ!」


 胸を押さえながら仰け反るフランツを横目に、俺達は話を続ける。


「そういえば、今日だな」

「約束は夕方なのでまだ時間はありますが、ついつい来てしまうんですよね」

「なんか、まだ心配させてるな。色々と気を使わせてすまない」

「いいえ。我々が好きでこちらに赴いているのです。

 ラーラさんには申し訳なく思いますが、どうしてもこちらに足を運んでしまうのですよ」

「いいのいいのー。お店が賑やかなのはいいことよー!」


 けらけらと楽しそうに笑うラーラだった。



 彼女の魔導具店は連日多くの客が足を運ぶ。

 俺達が回収した"岩石の小手"のようなアイテムが、店頭に並ぶかは分からない。

 こういった店は毎日確認する客も少なくはないのだと知った。


 ゲーム内の世界じゃないんだ。

 いつも同じ商品が並ぶとは限らない。

 1点ものに近い感覚で購入を考えていた者も多かった。


 値段交渉も頻繁に行われるらしいが、この店では例外だ。

 彼女が『適正価格よ』と言葉にした売値から変わることはなかった。


 目利きができなければ商売するのも難しいのだろう。

 そういった意味では、俺は商人向きじゃないと思えた。



「んで、今日も掃除に勤しんでいるってことか」

「ああ。お世話になってるんだ。これくらいはな」

「気にしないでいいのに。

 トーヤ君ってば、働きすぎなのよ。

 お掃除だけじゃなく、炊事や洗濯、お店のお仕事までしてくれてるの」

「……おいおい。それじゃ住み込みの仕事じゃないか……」

「お昼寝してていいよって言うと裏庭で素振りを始めるし、これじゃ無料宿泊3食昼寝つき条件の意味がないわよっ」


 何でそんなに悔しそうな顔をしているのか、誰も突っ込むことはなかった。

 俺としては普通に生活をしているだけだが、彼女からすると引っかかるのか。


「素振りも清掃も日課だったし、昼寝をするほど子供じゃない。

 炊事は俺の趣味の一つだし、洗濯は魔法の練習になる。店の仕事も手伝い程度。

 これといって働いてる自覚が俺にはないんだが」

「……これだもの」

「なんとなくだが、その姿が見えた気がしたよ」


 ディートリヒにはいったいどんな姿が見えたのか。

 それを訊ねようとすると、ラーラに先手を打たれた。


「でもでも! トーヤ君の作るお料理は、超絶に美味しいのよ!」

「そうなのか? イメージ的には苦手な部類だと勝手に思ってたんだが」

「もー、やみつきよぉ~。この二日、普段の食事を取ることは一切なかったもの!

 あんなに美味しいお料理を作れるなら、トーヤ君は世界中にある首都や王都でも一番のお店を経営できるわ!」

「そんなに美味しいのですか? さすがに僕も興味が出てきました」

「なんならお昼ご飯を食べてく?

 美味しすぎておめめ飛び出しても知らないわよ~」


 その表現はどうなんだろうかと思ってしまうが、実際に不味くはないはずだ。

 家でも食事当番はほとんど俺だったし、多少人数が増えるだけだから問題ない。


 ……しかし、缶詰生活してる人の舌を唸らせても、切なく思えるだけなんだな。


「いいのかよ、ラーラさん。

 こっちには贅沢の粋を極めたライナーがいるんだぞ?

 一流シェフの料理で生まれ育った男の舌を唸らせられるのか?」

「……贅沢三昧の生活でもありませんし、極めてもいません。

 それに粋は極めるものではなく、集めるものでは?

 それから一流シェフを我が家では雇っていませんよ……」

「いいじゃねぇかよ、細かいことは。

 美味いか不味いかくらいは分かるんだろ?」


 跨げそうなくらいハードルが低くなったな。

 家主が作れと言うなら作るだけだが、さて何を作ろうか。


「何でも食べたいものを注文するがいいさ!

 うちのシェフならご希望のお料理のひとつやふたつ、軽く作ってみせるわッ!」

「な、なんだと!? マジでか!? ならば肉だ! 肉料理を持てッ!」


 ノリノリのふたりについていけない俺達は、しばらく続く二人芝居を観劇した。

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