有意義な
おかしいとは思っていた。
世界最大級の迷宮とはいえ、到達したのが83階層だなんてありえない。
魔物は弱く、単純で単調な攻撃に加えて数も少なかった。
そして何より、学ばせようと言わんばかりの魔物の数々。
ボスも含め、その弱さや報酬の少なさが目立ちすぎるほどだった。
「……じゃ、じゃあ、トーヤっちはその初心者ダンジョンを越えて、いったいどこの階層で修練してたって言うんすか……」
「驚きのあまり、名前が戻ってるぞ。
まぁ、ここで話す分には問題ないが」
慌てながら口を両手で押さえるルーナ。
彼女からすればありえないような凡ミスだろう。
名前が出たのは気にすることでもないが、マンガみたいな反応で結構面白いな。
「俺たちが修練を積んだのは、その遥か先の65階層。
そこはダンジョン内でありながら草原が広がり、太陽のような光源もある場所。
視界も良好で優しい風が頬をなでる中、オーガの上位種"オーガロード"と女性オーガの上位種"オーグリスジェネラル"をリーダーに置いた2部隊12~14匹が同時に襲ってくる場所で戦闘を繰り返しながら経験を積んだ。
武具も強力なものを持っていたし、技量も一体一体がランクS冒険者くらいはある上に統率の取れたチームが挟撃してくるからな。
これ以上ないほど有意義な対人戦を経験できたよ」
……すごいな。
あれだけ冷静なテレーゼさんがぽかんと口を開け、呆けてる。
中々貴重な姿に思えなくもないが、それも当然かもしれないな。
「想像するに、恐ろしい強さの相手と戦いながら訓練してたってことっすね……」
「近くに安全エリアも設けられてたし、特に危険なことはなかったが?
さすがに70階層よりも先まで行くとグリムゴブリンやらヘルハウンドやら、ゴブリンやウルフ系の上位種と思われる強さの魔物が大量に出てきて面倒だから、修練効率を考えて65階層がいいと判断して戻ったんだよ」
《随分と魔物の勉強はしたつもりだけど、聞いたことない名前ばかりだね。
……なるほど、30階層にいた迷惑者どもを無傷で退けられたわけだ……。
それだけの強さがあれば、ヴァイス殿の敵にすらなりえなかったようだね……》
ヴィクトルさんの言葉で、そんなこともあったと思い出した。
あまりにもどうでもいいことだったから、俺の記憶からは消えてたな。
「そういえば、そんなやつらもいましたね。
ロクに鍛えてもいない連中が何十人いようと、障害にすらなりませんよ。
……いや、ギルドに連れて行く手間を考えれば面倒ではあるか……」
「……その程度の認識なんすね……。
あの連中、かなりアクドイことをしてる馬鹿どもで、たくさんの冒険者が迷宮ギルドと冒険者ギルドに泣きついてたらしいっすよ。
なんでも持ってるアイテムを半ば強制的に奪ってたなんて話もあって、強盗や暴行容疑もかかってたんす」
「被害報告を受けた際に強めの警告をしたのですが、"あくまでも貰っただけだ"と口を揃えて聞くに堪えない言い訳を主張していました。
ギルドマスターの権限で次はないと話を通したのですが、残念ながらヴィクトル様のご推察が的中したようです。
ヴァイスさんにもご迷惑をおかけしてしまいましたね……」
「どうぞお気になさらず」
あんな連中が100人いても威圧だけで追い払えたくらいの強さだった。
鈍重なゴーレムしか倒さない程度の低いやつらに向上心などない。
自分よりも弱い冒険者をいじめることしかできない、ただの卑怯者だ。
それを彼も分かっているんだろう。
ため息混じりに放った言葉は、落胆の色が濃いものだった。
《あの手の連中は改善するケースのほうが稀だからね。
そもそも警告をした程度で心を入れ替えるのなら、初めからそんな行為はしていないよ》
「俺もそう思います。
少し苛立ってたこともあって強めに威圧しましたが、その程度で逃げるような連中なら野放しのままでも問題ないでしょうね。
それに随分と懲りたはずですから、もう大丈夫だと思いますよ」
「懲りたはずって……いったい何をされたんすか……」
「終わった話だ。
もう会うこともないだろ」
「そう言い切れるヴァイスっちは、本当に強いっすよね……」
むしろ相手が弱すぎただけだと俺は思うが。
まぁ、フラヴィを侮辱しておいてそのまま放置するほど優しくないからな。
ないとは思うが、もし俺たちに報復しようなんて気概を持つなら、今度は完膚なきまでに叩き潰してやる。
馬鹿な考えを二度と持たないようにな。