少しでも正しいと思える道へ
危うげなくカエルを倒すブランシェ。
随分と安定して"廻"を使えるようになったことが伺える。
2匹目にしてこれほどの練度なら、通常の戦闘で使う分には問題がなさそうだ。
"廻"に頼りきる戦い方を続けるつもりならそれなりの修練は必要になるが、反復練習も真面目に取り組めるあの子なら大丈夫だろうな。
瞬時にトードへ詰め寄り、ダガーでの一撃を入れて距離を空けるスタイルを安定させて戦うことができるようになったブランシェ。
その速度はまだまだ落ち着いたものではあるが、カウンターのように噴き出す粘液は問題にもならないみたいだ。
これには当然のように、あの子が持つ身体能力の高さが必要不可欠だ。
いくら肉体を強化したとはいえ、使っていない状態でもしっかりと戦えるだけの下地がなければ移動することすらままならないからな。
最低でも3歳児ほどの姿のフラヴィが持つ筋力程度は鍛えなければならない。
「すごいすごい!
ブランシェ、とっても強くなったね!」
「えへへ、ありがと、フラヴィ。
でも、油断すると維持できないかも」
瞳を輝かせながら自分のことのように喜ぶフラヴィと、照れながら答えるブランシェだった。
対照的にエルルは気持ちが沈みかけているが、これだけ早く"廻"を体得すること自体、本来であれば異例としか言いようがない。
そのことも説明したほうがいいだろうな。
「……うぅ……速すぎて、ぜんぜん見えない……」
「上位技は本来、下位技から数年をかけてじっくりと体得するべき技術なんだ。
それには身体的な強さに加え、実戦経験と心の強さも必要になってくる。
ブランシェが見せた習熟速度を目指して無理に得ようとすれば、それだけ体にかかる負担も大きくなるから、焦って自分も体得しようなんて思うとかえって大きな怪我をすることになる。
お姉さんとしては思うところがあるだろうけど、"廻"を学ぶのは十分に時間をかけるべきだよ」
「……うん……」
優しく頭をなでるが、こちらにも意識を向けられないほどのショックを受けたみたいだな。
心ここにあらず、か。
それも仕方のないことだ。
姉としての威厳を保ちたいと強く願うエルルにとってブランシェの急成長は、まるで自分が置いていかれた上に大きく差を広げられたような気持ちなんだろう。
とはいえ、例外としか言いようがないのも間違いじゃない。
人と魔物の差が色濃く表れてしまったが、身体的な能力も戦闘に関するセンスも、さすがに埋めようのないことなのかもしれないな。
それでも、手がないわけじゃない。
しかしそれをこの子に伝えることもできない。
その方法を教えれば、エルルが目指したいと願う姿から離れる気がする。
それは俺が言うべきことじゃない。
この子自身が見つけ出した"目指すべきもの"に手を貸すことが、指導者としては正しいはずだ。
「今はゆっくり考えよう。
エルルがなりたいものを今すぐに見つけ出すのは良くないと、俺は思うんだ。
それはきっと将来的に、可能性を狭めてしまうかもしれない」
「…………そっか。
……うん、そうだよね」
少しだけ、エルルの瞳に覇気が戻った。
子供のうちから上位技を使うには、それなりの危険が伴う。
大怪我をする可能性があるという意味になるが、この世界では傷ついた体を瞬時に治療するとんでもない能力や薬がある以上、大きな障害となるものはない。
しかしそれはあくまでも、"治療ができるだけ"だ。
それでも絶対に"痛み"を感じることになる。
あれは子供が耐えられるものじゃない。
大きなトラウマになる可能性だって考えられる。
そんな思いは、ここにいる誰にもして欲しくない。
だから俺には、こう言葉にすることしかできなかった。
「大丈夫だよ。
ゆっくり焦らず、エルルなりの"答え"を見つけよう」
「うん」
俺を見上げるエルルの笑顔はどこか神秘的で、とても不思議な気持ちになった。
まるで昔から知っているような既視感もある気がするが、それよりも俺は元気になったこの子をしっかりとサポートしてあげたいと強く思った。
でも、この子もまた特質的なものを持っている。
そこいらを歩く子供よりも遥かに強く知的なエルルは、そう遠くないうちにブランシェを超える強さにまで成長するだろうと、この時の俺はどこか確信じみたものを感じていた。
"子供の成長は早い"と、誰かが言った。
あっという間だ、なんて話も聞いたことがある。
もしかしたらそれは、親なら誰もが感じるものなのかもしれない。
日々成長を続ける我が子を想っての言葉ではあるが、それを少しずつ感じ始めている俺もまた、親としてほんの少しだけ成長しているんだろうか。
そうであったら嬉しいし、そうありたいと本心から思う。
けど、それよりもまずは、子供たちが正しい道へ進めるように努力をしたい。
真っ直ぐ進めなくても、時には俺が示し、少しでも正しいと思える道へ笑顔で歩いて行けるように。
そうすることで手に入れられるはずなんだ。
エルルが望み、何よりもこの子自身が納得できる"強さ"を。
それはこの子が得意とする魔法なのか、焦がれるように見つめていた"廻"なのかは分からない。
もしかしたら、それらとはまったく別の何かを手にするかもしれない。
……でも。
きっとエルルなら、辿り着けると思うんだ。
人族だろうと妹の持つ強さに追いつくだけじゃなく、彼女にしか使えない技術の領域にすら足を踏み入れられると。
俺にはそう思えたんだ。




