技術の吸収力
結局、宝箱よりも魔物を優先することになった。
気合が乗りすぎているブランシェに思うところはあるが、本人の強い希望もあって戦うこと、むしろ問題となる点の対処法を学ぶことをこの子は選んだ。
視界にトードが入ると同時に戦闘用の気配を纏うブランシェへ、短く訊ねた。
「いけるか?」
「うん!」
声色と澄んだ瞳からは気合が十分に感じられた。
どうやら集中力を欠いているわけでもないようだ。
ここまで歩いたことがブランシェを冷静に戻したのか?
先ほどまでとは随分と気配の質が変わっていた。
だからといって、このまま戦わせていいものかは考えものだ。
冷静に見えて、てかてかにされた時の衝撃が攻撃する直前にフラッシュバックするかもしれないからな。
そうなれば寸前で行動が停止し、相手に大きな隙を与えることになりかねない。
一声かけて冷静さを取り戻すことは可能だが、同時にこの状況下でブランシェが見せる行動に興味がある。
彼女の気持ちに水を差したくない、というのも本音ではあるが。
無毒の相手だから、たとえ何度粘液を浴びても害はない。
今のうちに戦っておくといい相手でもある以上、今回はこの子に任せてみるか。
だが、事はそう単純な話でもない。
それをブランシェはしっかりと感じ取ったから冷静さを取り戻したのか。
今回の相手は毒を持たない。
だからこそ安全に戦えるんだ。
一部のスライムやカエル、ヘビなど、毒液を放つ敵が動物以外にも存在するこの世界では、その対処法を学ばなければ歩くことすら危険だ。
解毒薬やキュアが効く確証がない相手と遭遇する可能性を考えながら行動するべきだし、それを持たずに歩き回る危険性をブランシェもしっかりと感じ取ったからこそ、目の前にあった青い宝箱よりも優先順位を高く見ることができた。
ただのぬとぬとをかけられて苛立つ感情を持つだけでは注意していた。
油断していたとはいえ、ブランシェの速度でも避けられなかったほどのものに毒が含まれていればどうなるのかを考慮できれば、今回の一件は体を綺麗にするだけで済む話では決してないと察するはずだ。
それをしっかりと理解できているかいないかで、命の危険にすら関わってくる。
もしもに備え、現段階でその対処法を確立することが、この階層の課題だな。
固唾を呑むフラヴィとエルルをその場に残し、カエルへ向かって足を進める。
「ふむ?
いつもの間合いに入っても駆けないな」
一歩ずつ踏みしめるように距離を詰めるブランシェ。
「……あれは"集"を使いながら歩いてるな。
まだ集めるべき力については漠然としたものしか伝えていなかったが、どうやら持ち前のセンスから自分で引き出したみたいだ」
「……そんなこと、ありうるのか?」
「前例としてはあると聞いてる。
"動"に関する知識も随分と教えていたし、ブランシェは体内にある力が何かは分からずに前々から知覚していたのかもしれない。
本来であれば力を集めることは技術をしっかりと学ばなければ難しいし、独学で辿り着けるほど簡単に得られるようなものでもないからな」
いや、ブランシェだからこそ、とも言えるかもしれない。
あの子が持つ技術の吸収力は戦闘に限ってのものではあるが、逆に言えばそういった技術に関しては類稀な才覚を感じさせていた。
体得は極端に早いが、これまで俺も何度か使って見せているし、早期すぎる点を考慮しなければありえない話でもないんだろうな。