甘さと知って
ブランシェに冷静さを取り戻させるべきか悩んでいると、右を歩くレヴィアから声をかけられた。
「主も大変だな」
「気持ちを察してもらえるだけでも助かるよ」
「人族のトーヤさんには、ブランシェさんの一撃は重すぎますよね」
「そうだな。
技術でカバーできているから今は問題ないが、それもいずれは追いつかれる」
寂しいが、子供たちがそこまで成長すれば、模擬戦の相手として俺は相応しくなくなる。
「そうなれば、俺との模擬戦は卒業だな」
「ふむ。
それでも圧倒する強さを主は持つはずだが、やはり本格的な戦いとなる以上は模擬戦も難しいか」
「だろうな。
その領域はもう模擬戦じゃなく、実戦形式の"戦闘"になる。
子供たちを相手に本気で打ち込むなんて、俺にはできないよ」
「主は子供たちだけでなく、我らも相手にできないだろう?
もしそれが可能なら、我らとも模擬戦をしていたはずだからな」
……痛いところを突く。
やはり大人相手に隠し事は通じないな。
心の内を理解してもらえるのは嬉しいが、この状況で言われると立つ瀬がない。
これも俺の甘さと知ってレヴィアは発言したな。
こうして時たま助言を与えてくれるのは本当に助かるよ。
だから、俺が答えるべき言葉はひとつだな。
「ありがとう」
「構わない。
主も我の大切な家族だからな。
龍種は基本放任主義ゆえ、親子でもヒトの子ほどの深い関係を持つことはないが、いま抱いている温かな感情に悪い気持ちは微塵もない。
居心地の良さをはっきりと自覚できる我は、龍種よりもヒトの子に近い感性を持つのかもしれないな」
珍しく瞳を閉じて頬を緩ませるレヴィアだった。
彼女たちの種族は、肉親でも随分とドライな関係を保つらしい。
生まれて一週間ほどは母親が面倒を見るが、それ以降は子供のほうから離れてしまうと彼女は以前話していた。
それだけの対応力や知能、肉体的な強さなどを得ているかは関係ないようで、実際には好奇心のほうが強く現れるため、衝動的にも思える行動を取るのだとか。
他の龍種が1体でも気配を感じる場所にいれば安全性の確保は問題ないためか、それを理解してまもなく子供は自分から親元を離れるそうだ。
その後は、よほど大きな問題でも起きなければ、親を頼ることもないらしい。
「ヒトの子の"家族"とは程遠い形ではあるが、絆がなくなったわけではない。
子に何かあれば感じ取り、真っ先に飛んできては問題を排除するのが龍種だ。
そして我らの種族は、一度深く絆を育んだものを決して忘れない」
例外はあるが。
そうレヴィアは重々しく口を開いた。
それは以前、彼女が話していた腐龍や邪龍のことだ。
あれらは生まれてすぐ親から離れるか、親に牙を剥くらしい。
どう考えても気が狂ったとしか思えない行動を取る我が子を、何のためらいもせずに噛み殺すような存在に何を言っても無駄だとレヴィアは続けた。
「世の理に当てはまらず、同調性も皆無の上、理不尽な行動を繰り返す存在。
特に邪龍はその傾向が非常に強く、気まぐれで世界を滅ぼそうとするような危険な龍だとは以前話した通りだ。
だが、いずれは我も奴等を斃せるだけの力を得ることもできよう。
我の大切な家族に牙を剥くつもりなら、次は確実に仕留めるよ」
覚悟を込めた声色と瞳で、レヴィアは静かに答えた。
その気持ちには俺も賛同できるし、そんな怪物が敵意を向けた瞬間、俺は両断するだろう。
毒の臭気は厄介だが、それでも対応策はある。
万が一、レヴィアに報復でもしようものなら、その時は俺が切り捨てるだけだ。
彼女には悪いが、そんな存在を放置するわけにもいかないしな。
ちらりと確認を取るも、さすがに自分が斃したいと願っているわけではなさそうで安心した。
「どうするかは主に任せるよ。
我は家族を護れるなら、それでいい」
「わかった」
俺は短く答え、レヴィアはそれに笑顔で応えた。
だが彼女たちの種族が持つ考え方を知れたのは良かった。
不思議な価値観に思えるが、そんな愛情表現もあるんだな。
俺には母親の記憶がない。
だからこそブランシェにはブランディーヌのことを憶えていて欲しかったし、フラヴィには片親であることに寂しさを感じて欲しくない。
エルルにも大切な家族がいるはずだから、必ず逢わせてあげたい。
俺のような気持ちにはなって欲しくないと、心から思う。
それはまるで、ぽっかりと開いたような空白を胸に感じる。
とてもいいことだとは思えないし、そんな経験は生涯必要ないと思っている。
少なくとも笑っていられないなんて、幸せなことじゃないからな。
子供たちがずっと笑顔でいられる場所を、俺は作るだけだ。
そのためなら何だってやってみせる。
どんな敵でも潰してみせる。
みんなの笑顔を守れるなら、俺は世界を滅ぼしかねない龍とだって戦ってやるよ。