人それぞれ
そんなものなんだろうか。
俺には悪人の気持ちなんて興味もないし、知りたくもない。
きっと聞いたところで理解なんてできないだろう。
それでも、そう違いがないかもしれないと言葉にした彼の意見に、俺は否定することもできなかった。
例えるなら、異常と正常の境界線だろうか。
だがそんなもの、誰がどうやって決めるんだ?
線引きなんて誰にもできるはずがない。
国境線が視認できないように、それらは心の奥底には確かに存在していて、いつ現れるかも分からない。
そんな、とても曖昧なものでしかないのかもしれない。
「……気をつけないといけないな」
「そう思えるトーヤだからこそ、綺麗な瞳をしてるんだよ」
ぽつりと言葉に出てしまったものに笑顔で答えるディートリヒ。
それはそのまま彼に返せるものだと、俺は素直に思えた。
最初に出会えた人物が彼で良かったと感じる。
世界ってのはそんな風にできているのかもしれないな。
もちろん、たまたまってことなんだろうけど。
そう考えた方が、楽しく思える気がするんだよな。
「お、やっと笑ったな。
まぁ、いきなり続きで大変なのは分かるよ。
でも人間笑ってないと、いいことも見逃すからな」
「確かにそうですね」
「だろ?」
笑い合うことに清々しさを感じる。
不思議な魅力を持っているんだな、この人は。
「要は、人それぞれってことだな。
人それぞれに違った想いがあって、馬が合う者同士が自然と集まることもあるし、物凄い反発をすることだってある。戦争が起こる理由も大概は利権が絡むんだろうが、そんな"譲れないもの"も要因のひとつなんだろうな。
なら、自分なりに楽しまなきゃ人生損だと思うんだ、俺は。
そんな似たような考えを持つ連中で集まってるんだよ、俺達は」
「俺達?」
「あぁ。ここから5分くらい歩いた場所で野営の準備をしてるよ。
俺達はチームを組んでる冒険者だ。依頼受けて、冒険して飯食って。
自由気ままに仲間と毎日馬鹿やってるよ」
「……自由気ままに、か」
「ん? なんだ?」
「いえ、ディートリヒさんが"いい人"だってことは、よく分かりました」
「よ、よせよ、恥ずかしいだろ。俺は自由を謳歌してるだけなんだよっ」
そう思えるだけで十分に善人ですよ、あなたは。
きっと仲間達もそんな人達なのがよく分かります。
俺は恵まれてるな。
知らない世界へ飛ばされた先で、あなたのような人に会えるなんて。
「まぁ、ここでずっと立ち話ってのもなんだな。
仲間達と合流しようと思うだが、とりあえずトーヤも来いよ。
水や食い物もあるし、まだ色々と話をした方がいいと思うからな」
「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて――」
悪意に気がつき、視線をそちらに向ける。
ここから直線に見える茂みが揺れ、現れた3つの影。
100メートルは離れているが、はっきりとその姿を視認した。