これは俺の誤算だ
「ねぇ、トーヤ」
「なんだ?」
何とも言えない表情で言葉にするエルル。
そう言いたくもなる気持ちも十分に理解できた。
「あれってさ……ゴブリン……だよね……」
「そうみたいだな」
前方約90メートルに見える3匹の魔物。
しかし、その姿はこれまで倒してきたゴブリンとは明らかに違った。
「どう思う?」
あえて先に説明せず、子供たちに訊ねた。
そろそろ洞察力もそれなりに培われてるだろう。
「鎧とか盾を装備してるね」
「でもさ、あれ、なんか気配が弱々しいよ」
「数も少ないの。
それに、こっち見えてないみたい。
鼻も耳も良くないのかな?」
「そうだな。
だがあのゴブリンは、それぞれ役割が違う。
剣と盾を持っているのがファイター、弓を持っているのがアーチャー、杖を持っているのがメイジだ。
それが何を意味するのか、3人は分かるか?」
一度顔を合わせ、こちらに向き直る子供たち。
その真剣な表情にしっかりと理解していることが伺えた。
「チームを組んでるんだね、ごしゅじん」
「それに弓も魔法も使ってくるの」
「前衛ばかりに気を取られると、後方から攻撃されちゃう」
「そうだ。
今回の相手はゴブリンだ。
その強さは気配から推察しても、これまで戦ってきた連中と大差ない。
だが、今後はそういった陣形を組んで襲ってくる魔物もいるかもしれない。
何よりも後方からの攻撃に注意するだけじゃなく、さらに遠くから魔法が飛んできてもおかしくないと考えて行動した方がいいだろうな」
歯応えのある魔物も今後は出てくるだろう。
その練習として、この階層でしっかりと学んでおくべきだ。
とはいえ、所詮はゴブリンだ。
弓を持っていようが魔法を飛ばそうが、子供たちの相手にもならない。
あえてここは相手に先制させてから戦うようにと制限をかけた。
こうでもしないと何もさせずに倒してしまうからな。
それじゃあ練習にもならないし、得られるものもほとんどない。
弓や魔法の速度や威力が高いとも思えない相手だから、子供たちが当たることもないはずだ。
念のためすぐに動けるよう警戒しておくが、そういったイレギュラーにも対応できるようになってもらえると、俺も安心して後方で見守れるんだが。
しかし、想定とは違う結果となった。
ある意味で、これは俺の誤算だ。
残念ながら先制攻撃を譲った程度で子供たちが焦ることもなかった。
冷静に矢をかわし、魔法の弾を掻い潜ったフラヴィとブランシェは、ゴブリンを一刀でもって討伐した。
その行動に迷いも油断も感じられない。
確実に攻撃を相手に与える"一撃必倒"もしっかりとできていたし、何よりもゴブリンだからと見下すことなく終始戦えていた。
「ふむ。
ひょろひょろの矢が飛んできた時は我も言葉を失ったが、ああいった魔物なのだろうと思うことにする」
「まるで子供が矢を射る姿に見えました。
ゴブリンとは力も技術も控えめの魔物なのですね」
「元々最弱種とも呼ばれていますし、ある意味ではボアの突進でも蹴散らせると揶揄されるくらいですから、さすがに相手としては役不足と言えるかもしれません」
「まぁ、それも想定の範囲ではあったんだが、それでも始めての弓矢と魔法の使い手だからな。
俺が過大評価しすぎたんだ」
見るからに安価でぼろぼろだろうが、鎧や盾を装備していれば期待もする。
ある程度は戦えるはずだと思うことそのものが間違いだったようだ。
「……あれならライトフォックスのほうが遥かに強いな」
「ふむ、確かにあれは中々素早かった。
だが攻撃力がないところから察すると、他の冒険者は素通りしてそうだな」
「持続力も低いと思えましたし、実際に走り抜けられるでしょうね。
大量の魔物を引っ張ることになりますので、行き止まりに当たると大変ですが」
「範囲魔法を使えば一掃できますね。
ある意味ではチームで戦うほうが難しそうな相手に見えました」
リージェの言うように、魔法で周囲を吹き飛ばせば回避されずに倒せるだろう。
魔物を集めて一掃する方法は悪くないと思うが、それもあの魔物だけの手段だろうから、あまり子供たちには見せたくないな。
「あ、ごしゅじん~。
なんか剣を落としたよー」
片手剣を地面から拾い、ぶんぶんと左右に振るブランシェ。
とても嬉しそうな表情だが、相手が相手だけに期待はできない。
それでも鑑定してみなければ分からないことも多いだろう。
期待薄に思えてならないが、俺たちは3人のもとへ向かった。
それが一般的なロングソードだと知った瞬間の凍りつくブランシェの姿は、しばらく忘れられそうもない光景となることを、この時の俺はまだ知らなかった。