返すものなんて
迷宮で憲兵が悪党どもを見つけられるとは、正直なところ思えない。
正確には、同じ階層でも別の場所に飛ばされる可能性を感じているからな。
隠れるにはもってこいだし、迷宮内の入場者リストなんて存在しないだろう。
……ともなると、逆に迷宮ギルドが多額の懸賞金をかけているのか。
そういった輩を捜し歩く職業もいるし、魔物よりも遥かに人のほうが危険だな。
「キミの想像通りだよ。
ボクたちは興味ないけど、ブラックリストハンターも多いらしいよ。
掲示板を見たらびっくりするくらい高額の手配犯もいたから、気をつけたほうがいいかも」
ブラックリストハンター。
ギルドから指名手配を受けた犯罪者を捕縛、時には討伐する冒険者のことか。
危険はつきものだが、この手の職に就く冒険者はふたつ存在するだろうな。
ひとつは、正義感から治安のために進んで選ぶ者。
悪いことではないが、他者よりも遥かに強いと自負している冒険者だろうと返り討ちに遭う可能性も高い上に、相手の情報が不鮮明の場合も多いはずだ。
出たとこ勝負が嫌いな俺には向かないな。
どの道、家族を連れてる俺には関係ないが。
もうひとつは、同じ荒くれ者のような連中か。
子供たちの前では言葉にできないが、"人を狩る"ことに喜びを感じる危険な思想を持つ連中も確かにいると、ラーラさんは呆れ顔で教えてくれた。
かなり衝撃的な話だったが、そこまでいくと危険分子にしか思えない。
盗賊稼業はしないけど、合法的に人を狩ることを選んだ連中だ。
関わろうとも思わないし、出会っても極力関わらないほうがいい。
……そんなことよりも、一人称が"ボク"の女性が存在するなんてな。
マンガやアニメの中だけだと思っていたが、どうやら俺の間違いだったようだ。
「……ん?
ボクの顔に何かついてる?」
「いや、なんでもない。
今は攻略待ちみたいだな」
「……あー、うん。
そうなんだけどねー」
どこかばつが悪そうに頬をぽりぽりとしながら、軽装に短剣の女性は答えた。
「ボクたち、ここに来てからもう1時間近くも待ってるんだよ」
「……そんなに危険なボスなのか?」
その問いに答えたのは、左にいるローブを着た魔術師の女性だった。
とても綺麗な人だ。
話の内容から察すると、両手剣を持った男性と関係が深そうだな。
「確かにボスである以上、危険ではない魔物はいないと思いますが、それにしても少し長いように感じますね。
……何事もなければいいのですけど……」
長時間戦うのは問題ない。
こちらは待てばいいだけだからな。
それよりも、倒せない相手と無理に交戦しているんじゃないだろうか。
もしくは、もっと最悪の状況だって考えられる。
魔物が帰還用ゲートを塞ぐようにいる場合だ。
そういった悪質に思える仕様はないと思うが、それも推察に過ぎない。
戦いながらゲートを隠すような位置に移動させてしまうことも考えられるから、俺たちも気をつけるべきだろうな。
もっとも、子供たちが倒せないと判断すれば大人たちが変わればいいだけだし、それでも攻略が難しいなら俺が一刀両断すれば済む話だ。
これまで迷宮で遭遇した魔物から察すると、ボスとはいえそんな危険な魔物がいきなり出現するとも俺には思えないが、そういった敵が出てくる可能性も考慮すべきだろうな。
「ボスはランページホース。
文字通り、暴れ馬の魔物だな。
肩高170センチ、体長は2メートルも超える大物らしい。
馬だけに直線移動に優れ、棹立ちからの前足攻撃は危険どころの話じゃないな」
真顔に戻しながら説明する男に俺は答えた。
「いいのか?
ボスの情報をもらっても、俺には返すものなんてないぞ?」
「あー、いらねぇよ、そんなの。
それよりも無事にここを突破しようぜ!
なんなら共同戦線って手もあるし!」
右手の親指を立てて笑顔を見せる両手剣の男に、フランツを思い起こさせる。
不思議な魅力を感じさせる一行だな。
しかし、それを遮る気配を放つ女性が満面の笑みで言葉にした。
「よほど綺麗なお姉さんたちがお気に入りのようですね」
「……ぇ、ちが! 違います! 違うから杖を強く握り込まないで!!」
そんな仲のいい夫婦を表現のしづらい目で見つめる俺と、ふたりのやり取りをとても楽しそうに観劇する、何とも愉快な冒険者チームと巡り会えたようだ。
 




