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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十三章 大切な家族のために
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憧れでしたから

《それで、どうだい?

 暗部は撲滅できそうかい?

 これもいい頃合だと私は判断しているが》


「残念ながら難しいかと。

 巨大犯罪組織2つの拠点を正確に把握しておりますが、構成員を含めた規模があまりにも大きく、バウムガルテン憲兵を半数は動かさなければ対処ができそうもありません。

 これにつきましてはギルド依頼として冒険者に協力を仰ぐ案を検討中で、明後日にも詳細の報告をさせていただきます」


 噂に名高いカシュパルかマクシムのどちらかを捕縛、最悪討伐できれば随分と暗黒街も落ち着くはずだ。

 巨大組織をひとつでも潰せば、残りもしばらくは大人しくなるだろう。

 本音を言えば、暗殺ギルドと事を構える遥か前に片付けておきたかった案件だと思わずにはいられないテレーゼだった。


「申し訳ございません。

 すべては私の力不足です」


《いや、テレーゼは良くやってくれているよ。

 君以上の器はそう現れないと断言できる。

 問題は、君の手腕をもってしても対処しきれない点にある。

 ……まったく、悪党とはいつの時代も湧いて出る害虫そのものだな》


「ヴィクトル様……」


《済まない、失言だったね。

 それと恭しい言葉は遠慮願いたい。

 今の私は、ただのヴィクトル(・・・・・・・・)だよ》


「……そう、でしたね」


 どこか寂しそうな言葉に申し訳なく思いながら、ヴィクトルは訊ねた。

 その声色はどことなく楽しげな様子を感じさせるもので、少々意地の悪い言い方をしていると彼女も理解しつつも言葉にした。


《不服そうだね》


「いえ、ただ……」


《ただ?》


「あなたは、私が物心ついた頃からの憧れでしたから」


《……そう言ってもらえるのは、本当に久しぶりだ。

 最近では私のことを女神の使いか何かと勘違いする者も出てきて困っているが、行き過ぎた感情でもなければ焦がれて嬉しく思わないわけもないからね。

 素直にありがとうと言葉にするよ》


 彼の発言に目元が緩むテレーゼ。


 彼女だけではない。

 ヴィクトルを慕う者はとても多い。

 多すぎると言ってもいいくらいだろう。


 中には極端に崇拝する者や、畏怖の対象とすら見る者もいるが……。



《それで、ヴァイス殿はいま、どの辺りにいると予想しているのかな?》


「そうですね。

 彼が"空人"である点と、修練をしながら進んでいる点を考慮して、恐らく現在は20階層辺りかと」


《ふむ。

 ……そういえば、30階層に入り浸っている悪質な冒険者が複数チームでいると報告を受けたが?》


「2週間前に警告しましたので、次に何か問題を起こすようであれば除名処分とさせていただきます」


《その際は私の名を使って構わないよ》


「よろしいのですか?

 その名を言葉にするほどの事例ではないと判断しますが?」


 ギルドが除名を言い渡す際にグランドマスターの名を言葉にする行為は、まったく違った意味を持つ。

 余程のことがなければ執行されることはない、"最も重い処分"となる。


《いや、それでいい。

 私の名を言葉にするだけで、今後起こすだろう暴挙の抑止力になる。

 それでも悪行を重ねれば即刻討伐対象となる(・・・・・・・・・)ことは、頭が足りない連中でも理解しているはずだからね》


 だが、それでも根本的な解決とはならないのが残念でならないふたりは、小さくため息をついた。


《……そういった"崩れ"は警告したところで、改善されないケースがほとんどだ。

 報告通りの連中であれば、私なら2度目で除名していた。

 いずれはヴァイス殿とも鉢合わせる可能性がある》


「迷宮は同じ階層でも様々な場所に出る不思議な世界です。

 連中と遭遇する確立はかなり低いと思われますが?」


 同じ入り口の同じ階層へ同時に向かったとしても、別々の場所に出て会うことは難しいとされるダンジョン。

 仲間と認識した上でゲートを潜らなければ、多人数で同行すらできない。

 そういった不思議な世界だと知っているテレーゼは、強く疑問に思う。


 果たしてそんな偶然があるのだろうか、と。


《それでも彼は出遭うと、私は予想している。

 世界とはとても理不尽にできているものだからね。

 いくらヴァイス殿でも、崩れとはいえ冒険者を24人も同時に相手取れば、さすがに骨が折れるだろう》


 30階層とは、そう簡単に到達できる場所ではない。

 相当の熟練した冒険者が入り浸っていることは疑いようもなく、ましてや言葉の通じない悪党と敵対して無傷でいられるはずもないとふたりは推察する。


《それがたとえ、絶大な力を所有すると言われる"空人"であろうとも、だ》


「あと1時間ほどでルーナが報告に戻る予定です。

 彼女も40階層までならダンジョンを攻略しています。

 連中と遭遇できるかは分かりませんが、確認へ向かわせることは可能ですが」


《ルーナにはいずれ、カシュパルかマクシムのどちらかの捕縛を依頼したい。

 現状で冒険者として動くことは避けるべきだと判断する》


「しかし、必要以上の厄介事はヴァイス殿にとって障害となります。

 バウムガルテンギルドマスターとしては、先に排除したいと思うのですが」


 恐らくテレーゼの判断は正しい。

 それもヴィクトルは理解している。


 そんな連中と遭遇すればどうなるか。

 ましてや敵対などすれば、どれほどの被害を被るのか計り知れない。

 マルティカイネン家との交渉すら大きく変更せざるをえないし、最悪の場合は作戦自体が白紙に戻りかねない危険性すら感じさせる。


 そのことに気づかない者は、この場にはいない。

 ふたりの顔色は悪く、最悪のことばかりが頭を過ぎる。

 それも仕方のないことだと誰もが言葉にするだろう。



 ただひとつ誤算なのは、トーヤがすでにその一件を解決済みの上、威圧のみで24名もの実力者を散り散りにしたことだ。

 その情報がギルドにもたらされるのは、まだ数日は先になる。


 懸念していた案件を単独のみで振り払ったことに安堵していいのか。

 それとも彼が持つ圧倒的武力を期待し、安心して座していればいいのか。


 大都市のギルドマスターだけでなく、各国の冒険者ギルドを統括するグランドマスターであろうと、判断に困る事例であることは間違いなかった。

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