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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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今できることを

 美しく前方に真っ直ぐ突き出された片手剣。

 たった2度目の修正点を言葉にしただけで、この子はいとも簡単に突きを体得してしまった。

 これは驚異的速度ではあるが、体術のことを考慮すればそれも当然なのかもしれないとすら感じられた。


 フェンリル種ってのは、どれだけすごい戦闘種族なんだろうな。

 氷の世界を創り出したブランディーヌは魔法寄りだと思っていたが、どうやらそれも俺の勘違いなのかもしれないな。


 3匹目のスライムを一撃で倒した子へ、俺は訊ねた。


「どうだ?」

「……なんだろう。

 なんて言葉にしたらいいのかよく分かんない。

 けど、とっても心が静かなままなんだ。

 あれだけイラついてたスライムを見ても、不思議と何も感じないんだ……」


 これまでにないほどの落ち着きを見せるブランシェだが、その根幹が何かを俺はこの中の誰よりも理解している。

 戦闘後にこれほど心が穏やかなのは、ある技術が開花したことによるものだ。


「それが"静"の状態で、基本姿勢になる。

 普段のブランシェは攻撃特化で動いていたから、これまで感じたことがないほどの静寂に包まれていると思うよ」


 俺が学んだ古流武術の技術。

 気配察知とは初歩であり、それを学んだ先にある力のひとつ。

 どうやらブランシェも、"静"系統の基本を肌で感じ取れたようだ。


 あまりの感動に瞳をきらきらと輝かせていたが、それは"基礎の基礎"になる。

 ここはまだ戸口に立ったに過ぎないから、ここから強くなっていくだろう。


「相手がどんな攻撃をどの角度で繰り出し、速度と力の入れ方を見極める。

 これは達人級の技術と洞察力になるから、今はそんなことできなくていい。

 大切なのは、相手をしっかりと見据えること。

 あらゆる状況に体が対応できるように心を静めること。

 たったこれができるだけで、世界は激変する」


 言ってみればこの技術は、気配察知と洞察力を冷静な心で使うだけになる。

 しかし、それだけのことで"静"の初歩を学んだことと同質の意味を持つ。

 同時にこれは感覚的なものが大きく、体得する者の個性や価値観で手に入れにくいと言わざるをえないほど繊細な技術でもある。


 エルルよりも遥かに体得が難しいと思っていたブランシェだが、まさかスライムを倒している時に感覚を掴むとは俺も想像していなかった。

 こういったことは人それぞれだと聞くが、本当に何が切欠になるか分からないもんだな。


「ブランシェのアクティブな性格を考えれば"動"寄りだけど、まずは今感じている心の静寂を維持することを目標に、防御と回避主体の"静"を学んで欲しいと俺は考えているんだ。

 そうすれば安全性の向上どころではないほどの、圧倒的強さとも言えるだけの技術を手にすることができる」

「……圧倒的強さ……」


 そう、この技術は防御と回避の極意にすら通ずる技術になる。

 そしてこの世界ではまず教えないだろう凄まじい力だし、気配察知とはまったく違った意味でありえないほどの強さに直結する。


 気配察知はあくまでも初歩で、そこから"静"にシフトし、いずれは攻撃主体の"動"を学ぶ。

 これがいちばん身につきやすいと教わったし、俺個人としてもこれ以上に効率的な体得法はないと確信している。


 まぁ、身近に"静"で戦っていたフラヴィを見ていれば気が付いたとも思うが、ブランシェのスタイルには合わないかもしれないと感じていた。

 先に"動"系統を学ぶのは攻撃に寄り過ぎるからあまり好ましく思っていなかったが、それも結局のところ俺のスタイルに合わないってだけなんだよな。

 ブランシェにはブランシェに合った順番があるのは分かっているつもりだが、それでも"動"の技は体得に時間がかかるだろう。

 できれば時間のある時にじっくりと学ばせてあげたいところだな。


 そろそろ系統ごとの特色を説明してもいい頃合か。

 エルルにも"静"系統は必須な技術になるとはいえ、スライム相手じゃ分かり辛いだろうし、次に人型の魔物が現れたら1匹まで減らしてから見せることにするか。


 そんな話をしていると、エルルとブランシェは瞳を輝かせながら答えた。


「ついにトーヤの技術が見られるんだね!」

「ごしゅじんの技術、アタシも学びたい!」

「……というか、上位技どころか"静"と"動"の複合上位技も実践してるし、"静"系統は華々しいものじゃないぞ。

 むしろ非常に地味な技で、絶大な効果を持つんだよ」

「それでもあたしには必須なんだよね?」

「エルルは後衛だし筋力も少ないから、突発的な事態への対処法としては"静"系統の下位技まで体得できれば、複数体の相手でも負けることはなくなる」

「……そんなすごいこと、あたしでもできるんだ……」

「ごしゅじんごしゅじん! アタシはアタシはー!?」


 これでもかってくらい瞳を輝かせたブランシェに、若干戸惑いながらも答えた。


「ブランシェは戦闘にも活かせるようになるから、相手を制するだけじゃなくて文字通りに圧倒できるだろうな。

 俺が思い描く将来像は前に話した通りだが、"静"の中位技まで体得できれば自衛目的としては十分だ」


 それ以上を求めるとなれば、それこそこの世界でも群を抜いて強くなれる。

 そこいらのランクSでも確実に勝てるだけの強者になれると俺は踏んでいる。


 だが今はそれほどの時間もない。

 それでも、今できることをこの子たちに学ばせたい。

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