一流の入り口に
鼻をすすりながらとぼとぼと帰って来る哀愁を漂わせたブランシェに、なんと声をかけていいのか分からない俺たちは、その寂しげな姿を見守り続けた。
「……だ、大丈夫!
トーヤなら剣も回収してくれるから!」
「――ふぇ」
フォローに失敗したエルルがわたわたと手を振り回しながら焦る中、俺は泣き出した子の頭に手を乗せて優しくなでながら言葉にした。
「相手は衝撃に強いから、力いっぱい攻撃すればああなるんだ。
剣を振り下ろすと相手に当たる場所も広くなり、力も分散される。
そうならないためには攻撃を一点集中する必要があるんだよ」
「……いっでんしゅうじゅう?」
涙目で声を震わせながら答えるブランシェへ先に話しておけばと良かったかとも思ったが、これもいい経験になってもらえれば俺としては嬉しい限りだ。
武器を弾き返されないように気をつけていたはずだが、まさかスライムにそれをされるとは、さすがのこの子も考えていなかったんだろうな。
もう一振りのロングソードを取り出し、ブランシェに持たせる。
いきなり敵に突っ込むことはしなかったようで安心したが、2度も同じように突進するイノシシなら強めに注意をしなければならなくなるし、そうならなくてよかったと本気で思えた。
「今度はハンマーを振り下ろすような攻撃じゃなくて、突きを当ててみるんだ。
突きは軸足と腰の回転、目標への最短距離を走らせると効果的だよ。
右足で強く踏み込み、そのまま腰の回転から腕を鋭く突き出す。
この時に力を入れすぎると、初動からしばらく動けなくなる。
体の無駄な力を限りなく少なくすることが重要なんだよ」
「体の力を抜いちゃうと、素早く動けないんじゃない?」
もっともなエルルの質問だが、それは少し違う。
「これはすべての動作に言えることだが、必要以上に力を込めるとそのぶん筋肉が緊張して巧く動かせない場合が多いんだ。
そうなれば効果的とは程遠い威力になるし、力を込めた分だけ強さが増すとかえって違和感に繋がるんだよ。
あれだけ力を込めたのに、どうして相手には通じないんだってな。
"力を抜く"とは、適当とか手を抜くって意味じゃない。
必要以上に筋肉を緊張させず、自然体で打ち抜くってことなんだ。
これができるとできないとでは、目に見えて威力に差が出てくる」
とはいえ、これは達人級の技術にまで高めることができる。
そう簡単に身につけられるものではないのも確かだと言える。
しかし体得さえすれば、様々な対応と応用が可能となるだろう。
「力を込めることしかできないのは二流。
力を抜くことができるようになって、ようやく一流の入り口に立てる」
「……なんだかすごい話だけど、要は自然体がいちばんってことだね!」
「そうだ。
俺がみんなとの模擬戦で力を入れたことはなかっただろう?
あんな感じで戦えるようになれば相手からは相当の強者だと思わせることもできるし、それは非常に効果的な体力の使い方にも繋がっていく。
必要以上に動けば疲れて危険な状況になるってことも覚えておくといいよ」
子供たちにそんなことはさせるつもりなんてないし、そういった状況になる前に俺がすべてを片付けるつもりだ。
しかし、事はそう単純な話で終わらない場合もあると想定して行動すべきだ。
子供たちに教えながら、リージェとレヴィアにも伝えておく。
膨大な魔力量を所持していそうなふたりでも、武器を持って戦うことは身につけておいたほうがいいと思えるし、魔力を封じられる可能性も考えられる以上、魔法に頼る戦い方は非常に危険な状況に陥りかねない。
特にレヴィアは力加減が難しいみたいだ。
組み伏せる程度はできると思うが、あれだけ巨大な龍が人の姿になっているんだから、細かな力配分を得意としていないのも当然だと思う。
まぁ、ピンセットで怪我させないように摘むような感覚なんだろう。
だとすると、相当の修練を積まなければ怪我どころじゃ済まなくなる。
いくら悪党でも、人に攻撃するのは控えさせたほうがいいな。