結構綺麗だな
31階層。
ここまでくると、中位の冒険者を見かけるようになるそうだ。
やはり岩石の巨人を突破できる者は限られてくるんだろう。
ある意味では初心者の壁とも言えるような相手なのかもしれない。
確かに魔法や弓を含んだ遠距離攻撃を放てば楽に倒せる相手だ。
先に進むことは容易いが、後々厄介なことになると俺は確信している。
硬いだけのゴーレムすら近接攻撃で倒せないやつがこの先に進めば、ほぼ確実に危険な目に遭うはずだ。
難易度は簡単でも、迷宮はそれほど甘くはないだろうからな。
それをしっかりと子供たちも理解しているんだろう。
ブランシェがひとりで蹴散らした階層を進んでた時も、フラヴィとエルルはどこか申し訳なさそうな気配を感じさせた。
ふたりが悪いわけじゃない。
エルルにはMPを温存させたかったことや、ブランシェ自身に格闘術を教えたかったこともあったが、フラヴィは一般的なダガーでの攻撃が通じなかっただけで、本当なら対処法は俺から手にした知識で倒せたことは間違いない。
それは武器を使わずとも素手ですべてを倒せるだけの技術はあるはずだ。
しかし、あの子はみんなが学んでから使うと決めている。
となると、あの場では待機してもらうしか手段がなかった。
いずれはエルルでも、あの程度の石人形を素手で殴り倒せるようになるだろうから、今はゆっくりと技術を高めていけばいいと俺は思っていた。
「……ねぇ、トーヤ……」
「なんだ?」
「……あれ、なに……」
指をさして訊ねるエルル。
その先には丸い物体がひとつ。
頭頂部と思われる場所には突起が見られない、純粋な楕円形の魔物だった。
「まるいのが、ぷよんぷよんしてるの」
「あれはスライムだと思うよ。
透明度が高くて結構綺麗だな」
「……あれも魔物なの?
というか、そもそも生物なの?」
言いたい気持ちも分からなくはない。
楕円のグミみたいなものが、ふるふるとしているんだ。
むしろあの姿は愛くるしさすら感じさせる。
「あれでも生物だぞ。
気配を探ると生命力を感じるだろ?
見た目は可愛いいが、あれで結構強いらしい」
「……ぇ、あれ、強いの?
なんか、すっごく弱そうなのに……」
「スライムは衝撃耐性、特に打撃に対しては絶大な防御力を誇る。
一般的な槌や格闘系ではまったく効果がなく、さらには斬撃耐性も高いから表面上を攻撃しても傷をほとんど負わないらしい」
「そんなの、どうやって倒すの?
やっぱり魔法で一掃する感じかな?」
「それも効果的だな。
だが、斬撃も効かないわけじゃない。
中央にある核と呼ばれた球体を斬るとダメージを与えられる」
「……でも、ないふだと、とどかないの」
どこか寂しそうにフラヴィは答えるが、"インヴァリデイトダガー"なら十分に効果があるだろう。
「恐らくスライムの本体は、中央にある濃紺の核だ。
だが、それを護る部分もスライムの一部と推測される。
……となれば、どうすればいいか分かるか?」
「すごいの。
このないふなら、すらいむたおせるの」
暗くなり気味だったフラヴィの表情が明るくなった。
しかし、問題がなくなったわけではない。
今度は逆の立場になったブランシェは、静かに音を出した。
「…………じゅるっ」
「……腹、壊すぞ」
「まだ何も言ってないよごしゅじん!!」
「そういったことは、目を泳がさずに話すもんだ」
まったく。
なんであんなもん食べようと……って、確かにゼリーっぽくて美味そうだな。
ひんやりとさせれば、その色合いからソーダ味を楽しめるかもしれない。
……なんて、そんなわけないだろうが。
「さて、話に戻るが、打撃耐性がある敵にはブランシェの格闘は通じない。
そして刃の長さから、一般的なダガーでの攻撃も通じないだろうな。
それは十分理解しているのは分かっているが、ならどう対処をする?」
「ごしゅじんに教えてもらった蹴り方じゃダメなの?
あれは当てた場所から直線上にダメージが通るすごい技だよ?」
「そうだな。
俺もその可能性を考えなくもなかったから、一度試してみるといいよ」
「うん! わかった!」
気合の入ったブランシェは一気に駆け、地面をぷよぷよするスライムを蹴る。
ぼむっと何かを蹴りつけたような音が耳に届いたが、6メートルほど飛ばすことには成功したものの、残念ながら何ともないようにその場でぷるぷるとしていた。
「えー!?
なんでー!?
すっごいの入ったのにー!」
驚きを隠せないブランシェ。
だが、俺には推察通りの結果だった。
やはり凄まじいまでの耐性を持っているようだ。
さっきの攻撃は強化魔法を使っていたし、ゴーレムにもダメージは入ったはず。
なのに、蹴りを当てられた相手は何事もなかったかのように平然としていた。
……まぁ、表情なんてないし、そう思えただけなんだが。
「――んのぉ!!」
距離を詰め、直前で体を回転させたブランシェは、遠心力をたっぷりと乗せた回し蹴りを鋭く放ち、スライムを蹴り上げる。
軸足も踏み込みも打撃ポイントも完璧な一撃だ。
これなら多少なりともダメージがあるかもしれない。
凄まじい速度の足が直撃すると、マンガのサッカーボールのようにぐにょんと形を変え、天井に向けて飛んでいった。
「これならどうだ!
最高の足応え!」
初めて聞く単語だが、それは置いておこう。
天井に当たったスライムは、そのままバウンドして地面に向かい、さらに天井、地面へ跳ね返った。
その姿に子供の頃遊んだスーパーボールを連想させられて、妙な郷愁を感じた。
どうやらあれだけの威力で蹴りを放ってもノーダメージみたいだな。
気配が蹴られる前からまったく変わっていなかった。
「……えぇぇ……」
涙目のブランシェはうなだれるように、とぼとぼとこちらへ戻ってきた。
中々面白いものが見られたが、やはり一般的な打撃技は効果がなさそうだな。




