火傷じゃ済まないぞ
こちらの話をまともに返せない連中にため息をつきながら呆れていた俺へ、何か話があるようだ。
あとは勝手に待つだけだから、これ以上の面倒事は遠慮したいところだ。
だがこのまま終わりそうな気配はしなかった。
ふたりの弓士と3人の魔術師がこちらに歩きながら、下卑た笑みを浮かべる。
……あぁ、これはダメなタイプみたいだな。
「よう、クールぶってる少年。
この先に進むつもりなら、ちったぁ鍛えてからにしろよ。
そんなひょろひょろの体で何ができるってんだ、あぁ!?」
「おいおい、あんまびびらせんなよ!
先輩としての威厳に縮こまってんじゃねぇか!」
「いや、むしろ逆だろ。
優しい先輩としては後輩の小僧に躾をする義務があるぜ?」
「そんなパーティーで攻略とか止めとけよ。
涙と鼻水垂れ流しながら逃げ帰るのがオチだぜ、ボクちゃん」
威厳も義務も、俺の知っている意味とは別の言葉として使われているようだ。
たとえ魔術師だろうと、冒険者が勉学に秀でた者が少ないのは理解している。
その中でもしっかりと勉強し、チームのために行動する者も少なくはない。
しかし、こんな連中が多いのも自由が約束された冒険者という職業ならではだ。
当然その意味を履き違えている連中で、デルプフェルト冒険者ギルドマスターのローベルトさんが話していた時のことを思い出した。
最近はこういった連中が多いらしく、逆に俺のようなタイプは珍しいんだな。
今になって、ようやく理解できたような気がする。
ギルド長も看過できないような荒くれ者として対処すると思うが、実際には厳重注意くらいしか対応策が取れず、各町の長たちは苦労をし続けているんだろうな。
……いや、ディートリヒたちのような冒険者は少ないのかもしれない。
金儲けしか考えていないから、こんな連中になったのか?
それとも、同じような言動をした先輩たちから習って繰り返しているのか?
そのどちらも俺には理解できないし、理解したくもない。
……こちらに迷惑がかからないならそれでしまいにするが、これ以上何かをするつもりなら覚悟を持って行動しろよ。
お前らが相手にしてきたガキと同じ対応をすれば、火傷じゃ済まないぞ。
「……何の用だ。
俺たちはこの先に進みたいだけなんだが?」
「ぶはは!!
まーだそんなこと言ってんぞ、コイツ!!」
「何ならゲート使って戻るか小僧!」
「お前なんかに倒せるような雑魚じゃねぇぞ!!」
一斉に笑い出す男どもに、エルルとブランシェが強い嫌悪感を示す。
……それにしても、すごいな。
げらげらと笑うやつを初めて見た。
「ガキの遊び場だと思ってんのか、こいつ」
「あー、勘違いちゃんかよ、メンドクセェ」
間合いも周囲の気配もお粗末なやつらだな。
なんでこんな程度の技術で粋がれるのか、正気を疑う。
この連中は、これまで本気で危険な目に遭ったことがなさそうだな。
恐らくはそれに近い経験をして生き残ったことを誇っているんだろう。
こういった馬鹿どもがいるからリーゼルはソロで生計を立てていたのか。
表情を変えずに呆れていると、眼前にいる男たちの視線が俺から外れた。
……どうやら相当面倒なことになりそうだな。
「おー、ねーちゃんたちよー。
こんなクソガキ見限って、俺たちんとこ来いよ。
楽して大金稼げるイイ方法、教えてやんぜ!」
墓穴を掘ったな。
うちの女性たちは嫌悪感しか持たない言葉だ。
上から話すのも毛嫌いするだろうし、連中に付いて行く女性はここにいない。
綺麗に無視されているが、どうやらその程度で引くことはなかったようだ。
「今からダンジョン出て、酒飲みに行こうぜ!
そんなガキ、そこらへんに捨てとけよ」
「そうだぜ。
どうせそいつからはした金で雇われたんだろ?
俺ならその倍は即金で出してやんよ!」
「なら俺は3倍だな!
その代わり、酒注げよ?
綺麗な女は男の酒注ぎながら横で笑ってりゃいいんだよ!」
墓穴どころか地雷を踏んだことにも、この馬鹿どもは気が付いていないようだ。
無関心から極端に敵意を剥き出しにする女性たち。
男尊女卑は中世レベルの文明力なら珍しいことじゃない。
だからこそ教育が必要だろうし、それが行き届くには十年単位の改革が必要だ。
……なんて、冷静に考えている場合でもなかったみたいだな。
「不愉快だ。
貴様ら、我の視界から早急に立ち去ることを強く勧める」
「同じ冒険者として恥ずかしい方たちですね。
あなたたちには相応しくないと思えますが?」
「下品な言動は慎んでください。
これ以上続けるのならギルドに報告をさせていただきます」
さすがにこれほど明確な嫌悪感を見せる女性たちは見たことがないが、相手が相手だけにそれも仕方ないだろうな。
しかし、言葉だけですごすごと立ち去るのなら、こんな性格はしていない。
だから3人の取った対応は間違いだったんだろうな。
「おーこわっ!
綺麗な顔しておっかねぇな、ねーちゃんたちは!」
「そりゃ、ガキ連れてここまで来たんだ。
それなりには強いだろうよ」
「……にしても正気かね、この馬鹿どもは。
がきんちょ連れて何のつもりなんだよ」
「こんなチビ連れてくんじゃねぇよ。
ダンジョンを何だと思ってんだ、ボケが!」
視線をフラヴィに移った瞬間、俺の心がざわついた。
……その程度にしておけよ。
そろそろ俺も我慢の限界だぞ。
「悪質行為とみなされたくなければさっさと戻れ。
それとも迷惑男としてギルドに突き出されたいか?
あまり調子に乗ってると、こちらも黙ってないぞ」
「……あ?」
俺の言葉に空気が変わった。
同時に変えるだけの気配を出せるなら、空気を読めよと本気で言いかけた。
今度は俺に意識が集中したようだな。
「……てめぇ、今、なんつった?
……女の背中に隠れてるガキが、調子こいてんじゃねぇぞ」
「言葉が通じないみたいだな。
これ以上の悪質行為は看過できないと言った。
お前らの言う"ひょろい男"にびびって逃げたくはないだろう?」
その言葉に時が止まったような感覚があった。
どうやら知能が底辺のサルどものようだな。
理解すらできずに目を白黒させていた。




