真摯に
「――以上が冒険者としての諸注意を含む説明になります。
何かご質問はございますか?」
先ほどギルドマスターの部屋まで案内してもらった女性に、俺は冒険者として必要となる様々な説明を受けていた。
彼に渡された四つ折りの紙をそのまま女性に差し出した俺だが、書かれている内容を一瞥しただけでぐしゃりと握り潰されたことには戸惑いを隠せなかった。
しかし中身のない手紙だと無表情で女性は答え、おおよそ納得できた俺がいた。
ギルドマスターのなんとも言えない表情が脳裏に浮かんだが、あまり考えないようにする。
冒険者とは言葉の通りの職業ではあるが、ローベルトやディートリヒ達が言っていたように、何をするのも自由のようだ。
これほど自由が約束された職業は、世界広しと言えど冒険者以外にはない。
その生き方を保証すると同時に、この職は自己責任が常に発生する。
たとえば他者とのいさかいなど、度が過ぎれば憲兵に拘束されることもある。
犯罪行為は勿論、酒に溺れて暴力を振るったり、迷惑な言動を繰り返したり。
そういった一般常識の範囲を逸脱する行為は、自由には当てはまらない。
こんな説明をされても当然だろうと思ってしまう。
だがそれすらもできない冒険者が現実にいるのだろう。
どこか俺の世界にいた、酒で暴言失言を繰り返す馬鹿議員を連想するが、そういった考えの足りない存在はどの世界にもいるらしい。
そういった行為を見つけても、止めることもあまりしない方がいいと聞いた。
おおよそ見当はついたが、止めた側に矛先が向くことも多いらしく、基本的には関わらない方がいいと注意をされた。
「ようするに、酔っ払いには近付くなってことだな!」
ざっくりと言葉にしながら、真横にいるディートリヒは笑っていた。
なんとも楽しそうな彼の姿に、俺はうらやましく思う。
俺は、彼ほど感情を表に出すことができない。
昔からそうだったから、いまさら変えることも難しいとは思うが。
これも少しずつ直していった方がいいんだろうか。
そんなことを思いながら手に持った銀色のカードを見つめる俺は、ふと気になったことを質問する。
「カードは冒険者ギルド以外でも使えるのか?」
「はい。
このカードは正確には冒険者カードではなく、個人証明カードになります。
持参すればすべてのギルドで依頼を受けることができます」
「冒険者ギルドと他ギルドから同時に依頼を受けることは?」
「可能です。
ただし依頼破棄された場合の違約金は、割増請求されるケースがほとんどです。
依頼内容次第では多額の違約金が発生することもありますのでご注意下さい」
「治安を預かる者に身分を訊ねられた場合、これを提出すればいいのか?」
「はい。
稀にそういった事態も起こりますので、宿屋等に置き忘れない方が懸命です」
「このカードには能力値が表示されないと聞いたが、それを訊ねられたりは?」
「ございません。
冒険者側には答える義務も発生しませんので、言葉にしない方が懸命かと」
なるほどと言葉にした俺を、不思議そうに見つめるディートリヒ達。
首をかしげた俺に彼らは答えた。
「……さすがにそこまで聞いたやつは初めてだ」
「気になったことがあったら聞くだろ、普通」
「まぁ、そうなんだけどよ。
俺にはあまり思いつかなかった質問が飛び交ってて、中々面白かったぞ」
「言われてみると確かに僕も気にはなってましたが、訊ねたことはなかったです」
「むしろ後々になって訊ねるのは気恥ずかしい場合もあります。
トーヤさんのように、最初に訊ねることができるのはとても良いことですよ」
「私としましては、冒険者という職と真摯に向き合うトーヤ様に嬉しく思います」
クラリッサは満面の笑みで俺を見つめた。
大人の女性に笑顔を向けられるとさすがに直視し辛いんだが、背後から起こるどよめきがそれを遮った。
「お、おい、クラリッサさんが笑ってるぞ……」
「はぁ? 何の冗談……うお!? マジだ! すげぇ!」
「おいおいおい! あんな綺麗な笑顔見たことないぞ!?」
「誰だあいつ!? まさかあんなヒョロっちいガキがいいのか!?」
「マジかよ!? くっそ! クラリッサさんを最初に笑わすのは俺だったのに!」
そんな声がここまで届くと彼女は眉間にしわをよせた。
いつもの表情へと戻す彼女へ俺は呟くように言葉にする。
「随分と苦労されているようで」
「そう仰って頂けるだけで嬉しく思います」
彼女の顔には、どことなく疲労感が表れていた。