心から歓迎する
俺のことを訊ねるローベルトの言葉に、意識を思考の海から戻した。
「……して、彼は救助した者かの?」
「いや、違うんだ。
その前に報告してもいいか?」
「うむ、構わんよ」
手慣れた様子で報告を始めるディートリヒ。
彼は話の途中から目を丸くするも、口を挟むことはなかった。
盗賊との詳細説明を終えると、ローベルトは瞳を閉じて一拍呼吸を整えた。
戦い方は話さなかったが、衝撃的な報告がこうも続けば疲労感も出るだろう。
続けて俺が空人であることや、その経緯を話した。
これについても先日彼らと話をしていたことだ。
この町のギルドマスターは信用できるとも聞いていた。
立場上、もっと高圧的な方だと俺は思っていたが……。
俺が心配していると思ったのだろうか。
ディートリヒは笑いながら話した。
「ローベルトさんはこう見えて口が堅い。安心していいぞ」
「……ワシ、そこは怒るべきなんじゃろうかの……。
それとも朝まで枕を濡らせばいいんじゃろうかの……」
哀愁の漂う気配を纏い、彼は寂しげに肩を落としながら言葉にする。
そんなローベルトを気にかけず、ディートリヒは報告を続けた。
* *
「……なるほどの。
まさかこんな近くで見つかるとは思わなんだ。
まぁええわい。白銀剣はお主達の好きにせい。
どの道、統括本部が確認できねば報酬金も渡せんからの。
扱いに困る案件じゃが、ヒルシュフェルト家に任せればこちらも楽ができる。
ラインハルト殿に迷惑はかかるが、決して悪い話でもなかろうて」
「今は父ではなく、兄が家を任されていますよ」
「そうだったのぅ。
まぁ噂に違わぬ手腕を持つと聞く。問題なかろう。
白銀剣についても憲兵に報告しておくわい」
「悪いな、ローベルトさん。
連中は適当に保管していたし、あまり有益な情報は得られないと思うが……」
「構わんよ。どうせ金銭的な価値しか見とらんような馬鹿者どもじゃろ。
だが最低でも入手経路と時期はしっかりと吐いてもらわねばならん。
……まったく。賊というものは、いつの時代も碌なことをせんわい……」
どこか怒りと悲しみが混ざる声色で彼は話した。
ふぅとひと息をついて、こちらに向き直ったローベルト。
「それでトーヤ君とやら、冒険者登録をするかの?」
「はい。お願いします」
「うむ、それがいい。空人と会うのはワシも初めてじゃが、身分を示す物は持っておいた方が何かとよいからの」
「ありがとうございます」
執務机まで戻ったローベルトは、引き出しから一枚の紙を取り出す。
さらさらと何かを書き、四つ折りにして俺に手渡した。
「この紙を下の受付に持っていくがよかろう。
さっきの美人さんが細かな説明と冒険者カードを製作してくれる。
こやつらから聞いていると思うが、空人であることは他言しない方がよい。
世の中はこやつらほど優しくてあまあまな者達だけじゃないからの。
そなたの身分はここだけのナイショにするから安心するとよい。
ギルドマスターとの大切な大切な約束じゃぞ、はーと」
「優しいと言われるのはいいんだが、あまあまってのは否定したいところだな」
思わず言葉にするディートリヒだったが、若干俺も彼らが甘いと思っていた。
表現はあれだが、確かに彼らはそう言われても納得してしまうな。
「……折角のジョークも受け流されては、精神的な衝撃が非常に大きいの……」
寂しさを感じるしょんぼりとした表情で彼は話すも、どうやら突っ込むやつは俺を含め、この場にいなかったようだ。
それを分かっていたかのように、ローベルトは話を本筋に戻した。
「作られる身分証はとても高性能なカードじゃから、色々と便利じゃぞ。
ワシも若い頃は血気盛んに魔物をずばずばと狩りまくったもんだわい。
思えば妻と出会ったのもあの頃じゃの。あれは良いおなごじゃった。
まぁそれは今でも変わらんがの、ホッホ」
「……なぁローベルトさん。その話、長くなりそうか? 俺、腹減ってんだけど」
半目で見つめながら、たまらず口を挟んだ。
そんな彼に言葉を返すローベルト。
「フランツは相変わらずじゃのぅ。これからいいところなのに……まぁええわい。
トーヤ殿。下でも言われると思うが、冒険者は何をするのも自由じゃ。
冒険者カードがあれば、世界のどこでもそなたの身分を証明してくれる。
好きに依頼を受け、好きな場所に赴き、自由に世界を歩むが良かろう。
デルプフェルト冒険者ギルドは、新たな仲間の誕生を心から歓迎する」
「ありがとうございます。失望させないよう、精進します」
俺の言葉にギルドマスターは笑顔で答えた。
「ホッホ。そう気構えることもあるまいて。
そなたなら安心してワシも祝福できるわい。
最近は特に自由を履き違えた荒くれ者が多くなってきておっての。
ほとほと困っておるのじゃが、トーヤ殿のような好青年が新たに冒険者となってもらえるのは、いつの時代も嬉しく思えるものなのじゃよ。
思い起こせば48年前。あれはワシが新進気鋭のナイスガイだった頃の話じゃ。
迫り来る魔物どもを未来の妻とふたりでばったばったと薙ぎ払い――」
「……ローベルトさん。俺達、そろそろ行くよ」
「なんじゃ。相も変わらずせっかちさんじゃの、ディートリヒは。
盗賊団捕縛依頼の報酬は、確認ができ次第渡すからの。
明後日の夕方頃、またここに来るといい」
「あぁ。わかったよ、ローベルトさん」
再び彼は俺に向き直り、穏やかな口調で言葉にした。
「トーヤ殿、何か困ったことがあれば気軽に相談するとよい。
そなたの前途に、多くの祝福があらんことを祈っとるよ」
「はい。ありがとうございました」
「うむ」
そう言葉にしたギルドマスターは、とても優しい眼差しを俺に向けていた。