自由の重さ
首を傾げるエルルとブランシェに話を続けた。
連中がどうしようもなく危険な状況に陥りかねないことを。
いや、むしろ高確率で起こりうると俺には思えた。
あれじゃ、冒険者はやめたほうが長生きできそうだな。
「150メートル先にいるゴブリンすら倒せず、連中は泉に引き返してるんだ。
その直後、あんな態度を人に向かって取っていることに危機感すら抱いてない。
しかも技術を教えるべき後輩の前で、あの言動をすること自体が間違っている。
あのまま気付かずに先へ進めばそう遠くないうちにパーティーが壊滅しかねないし、唯一それを教えられる立場の先輩があんな体たらくじゃ、いずれ大怪我では済まなくなるだろうな」
「ふむ。
それを連中に伝えなかった理由はあるのか?」
そう訊ねる彼女に俺は即答した。
「レヴィアの意見はもっともだ。
俺個人で言えば、おせっかいをしてやるのもいいとは思ったよ。
だがあんな態度を取る連中に話したところで嘲笑されるだけだし、道徳心と倫理観を徹底的に叩き込まなければあの性格は直らないだろう。
そうなると、一度武力で制圧して己の弱さに気付かせてやる必要が出てくるし、それを素直に聞き入れられる連中かどうかも俺には判別がつかなかった。
何よりも俺たちと関われば、暗殺者に狙われる可能性すら考えられる。
相手を人質に取って平然と何かを要求してくるような連中が出てくると厄介だ」
暗殺なんて恐ろしいことをしている悪党どもは、そんな甘い存在じゃない。
ありとあらゆるものを利用し尽くして目的を達成しようとするだろう。
そんな危険極まりない連中と遭遇して、さっきの冒険者たちがまともに戦えるわけもないし、最終的には確実に消されてしまう姿しか想像がつかない。
人との接触をできるだけ避ける意味で迷宮を選んだが、どうしても関わりを持ってしまう場合もあるだろうし、冒険者じゃなく悪党だっているかもしれない。
25階層にある泉も注意して向かう必要があるだろうな。
「それに、冒険者は何をするのも自由だが、常に自己責任がともなう。
自分だけじゃなく仲間の命を預かる責任を持たなければリーダーは務まらないし、そんなやつが後輩を鍛えようなんて発想自体、そもそも間違っているんだよ。
あくまで俺の持論だが、俺にはこれが自由を約束された冒険者としての覚悟にも通ずると思ってる。
命を懸けて冒険してる人たちに説教することも間違っていると思うし、自分が気付かずに馬鹿やった結果はしっかりと受け止めるべきだからな。
あとは冒険者らしく、自由に生きればいい」
自由の重さも分からず我が物顔に振る舞い続けるなら、そう遠くないうちに不幸が襲いかかる。
そして後悔するだろう。
あの時ああしていれば、こうしていればってな。
それを教えるべき立場にいる人間が、あんな態度を率先して取ったんだ。
本音を言えば、俺には面倒が見切れない馬鹿どもだったってだけのことだ。
「"自由"ってのは、きっとそういった一面も持っていると、俺は思うよ」
それが正しいのか、なんてのは、他のやつが判断することだ。
俺の考えを押し付けるわけにはいかないし、そんなことをしてはいけない。
まぁ、あの連中から素直に師事を乞われても即答で断るだろうけどな。
そんなことを考えていると、レヴィアから思いがけない言葉が返ってきた。
「主はつくづく"指導者"に向いているな」
「……一応、人に教えることを最高師範から認められているんだが……」
「そうではない。
声色、視線、言葉の選びに物事の捉え方やその信念まで。
これまで主と経験してきたあらゆる出来事で、それを強く実感した」
「……それも俺が"空人"だからってことも関係してるんじゃないか?」
どこかそう思えてしまう。
それだけ特質的な存在だし、ある種の魅力と呼ばれるものを持っていたとしても、なんら不思議なことではないとも思える。
だが、どうやらそうではなかったようだ。
「我は"空人"と旅をしているつもりはない。
"トーヤ"という雄と、その魅力に惹かれた者たちと旅を共にしている。
それは、ここにいる誰もが共感してくれるものだと、我は思っているよ」
優しい笑顔で、彼女は静かに答えた。
レヴィアは嬉しい言葉を伝えてくれる。
これも年の功ってやつなんだろうか。
どこか安心できる声色で、心が落ち着いくのが分かる。
それはまるで彼女の心に触れているようで、とても不思議な感じがした。
それでも、これだけは言わなければならないだろうな。
未だ気づかずにいるレヴィアに、はっきりと言い切った。
「雄とか言うな」




