そんなくだらない理由で
泉から400メートルほど歩き続けるが、今も赤い顔と鋭い瞳で頬を膨らませながらのしのしと歩くエルルの頭に、俺は手を置いた。
「……ふぇ?」
「注意力が散漫だ。
今のが武器だったら危なかったよ」
「ぁ……うん……ごめんなさい……」
しょんぼりするエルル。
まぁ、そんな言葉じゃ納得できないよな。
「気持ちは分かるつもりだが、その状態で魔物と戦えば危ないってことだけは忘れないでほしい。
ここはまだ15階層だから出てくる魔物もまだゴブリンだろうけど、どこから襲いかかってくるのかも分からないと想定しながら進んだほうがいい。
"そんなことは起こらない"と断定することの危険性は分かるだろ?」
「……うん、そうだね。
あたし、周りが見えてなかったよ」
本当に手のかからない子だな、エルルは。
もう少し駄々をこねたっていいんだが。
微笑ましく思える子に頬が緩んだ。
悪いことをしたと思っているようだが、それは違う。
むしろ俺には嬉しく思えることだった。
口元を緩ませながら、話を続けた。
思ってた以上に優しい声色が出たのは意外だが、俺も随分と落ち着いたもんだ。
「でも、誰かのために怒ることができたふたりは悪くないと思うよ。
だがあんな連中の言葉なんて、これっぽっちも意識しなくていい。
若手育成なのは想像つくが、ここが15階層である点や子供たちを前衛に出していたことを少しでも考慮できれば、3人が戦えると気付くはずだ。
どうやら連中の頭じゃ、それを察するにはちょっと難しかったみたいだな」
そう言葉にしても、どこか納得がいかない様子のふたり。
両手のこぶしをぐっと握りこんだブランシェは答えた。
「……でも、すっごい悔しい。
子供だからとか、女だからとか。
そんなくだらない理由でみんなが馬鹿にされた!」
強くこぶしを握り込みながら話す彼女たちが怒る理由は、どうやらそれだけではなかったようだ。
「「何よりもトーヤが馬鹿にされたことが腹立つ!!」」
同時に怒りを露にするエルルとブランシェ。
ぎりぎりと歯を食いしばるふたりの頭を、俺は優しくなでた。
この子たちにとって、自分が言われたことはどうでもよかったみたいだな。
「ありがとうな、俺たちの代わりに怒ってくれて。
だが強さの気配を探ることが連中にできていれば、あんな言葉は出てこない。
あれを悪い見本として、俺たちは俺たちのできることをすればいいんだよ。
俺たちが目指しているのは、あんな連中が持つような強さじゃないだろう?」
諭すような俺の言葉に、しょんぼりとするふたり。
怒りに任せて相手の強さを推し量れなかったのは自分たちでもあると、ふたりも気がついてくれたみたいだな。
あれは、怒りを露にした子供たちにも言えることなんだ。
冷静に対応できていれば周囲警戒もおろそかにすることはなかったし、その状態で意識をあの連中に向けたままでいることもなかった。
そうすることで危険な目に遭うのは自分と、大切にしている仲間たちになる。
それに気がついてくれただけでも十分だ。
今回の経験は、必ず次に活かされるだろう。
だが、気になる点も俺は感じていた。
「でもな、相手の強さとあの態度を考えると、俺は逆にあいつらが心配だよ」
俺の言葉にきょとんとするふたり。
大人たちも、さすがにそこまでは気がついていなかったみたいだな。